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k北野天満宮13:文子天満宮

k北野天満宮13:文子天満宮

京都

2010年10月27日 (水)

菅原道真が大宰府で亡くなって40年後、道真の乳母であった多冶比文子(たじひのあやこ、巫女であったとの説もある:北野天満宮)の夢枕に「われを北野の右近の馬場に祀れ」との道真のお告げがあった。しかし、文子の家は貧しく、とりあえず西京七条二坊の自宅の庭に祠を建てて道真を祀った。

道真公の御霊が北野に移された後の文子の住居跡は文子天満宮となり、現在に至っている。以後、文子天満宮は天明の大火、安政、元治の大火で焼けたが、その都度再建され明治に至り村社となっている。明治6年(1873)に北野天満宮(境内の北東部)に移されているが、文子天満宮が「天神信仰発祥の神社」と門前に掲げる理由がここにある。

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