カテゴリー「・京の街角 The Hilight of Kyoto」の68件の記事

2017年10月20日 (金)

・今年も萬福寺の塔頭の一の宝善院で、唐僧直伝の精進料理・普茶料理を頂きました

普茶料理は中国福建省の住持の隠元禅師(日本黄檗宗の開祖)等によって伝えられ、この洛南宇治の地に300年以上の伝統を誇る禅宗の精進料理です。普茶(あまねきの茶)とは大勢の人の力を借り「法要・行事」が行われ、その後にお礼の意を込めて供する料理が普茶料理として伝わっています。箸置きが無いのも禅宗の無駄を省く心で卓の端に箸を外向けに置けばよいと聞き納得しました。料理は和尚さんが材料を吟味して作っておられ、奥様から説明を受けながら美味しく戴きました。普茶料理を始めて頂いた2011年秋に、その料理があまりに美味しくて紹介しています。それ以来毎年秋に宝善院普茶料理を頂いておりますが、今年は早めに松茸が出だしたので焼き松茸を加えた料理のお知らせを頂いたので、その料理を紹介します。

 

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普茶料理

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2017年10月 9日 (月)

・北野天満宮のずいき祭りには子供用の瑞饋神輿も参加します

先には京都の北野天満宮で行われる瑞饋(ずいき)祭りを紹介 しました。祭りには大人用の瑞饋神輿に交じり、子供用の瑞饋神輿も用意されています。この瑞饋神輿は平安時代、西之京神人(しんじん:神主のこと)が五穀豊穣を感謝して新穀・野菜などを飾り付けたのが始まりとされています。1607年神輿の形となり、現在に続く京都市無形民俗文化財・瑞饋神輿は、上京区と中京区にまたがる西之京地域の農家が作ったズイキや米・千日紅などで毎年作られます。住人と農家により91日より1か月の神輿作りの作業が、西之京瑞饋神輿保存会作業場で行われます。

神輿の屋根の上部には唐芋(とうのいも)の赤ズイキが70株、屋根の下部には真芋(まいも)白ズイキが200株必要となります。また飾り紐の真紅には、千日紅の赤花が

2000個必要で、天満宮の文字を描く白花が更に必要となり、保存会の人達により栽培されています。

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子供瑞輿

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2017年10月 6日 (金)

・秋祭りの時期となり北野天満宮ではずいき祭りが始まりました

秋には各地でお祭りが行われますが、京都でも季節ごとの多くの祭りがあります。

5月には葵祭があり上賀茂神社で葵祭の社頭の儀を拝見 したこと、7月の祇園祭には宵山に行き幾つかの鉾と山を拝見 したこと、更に10月の時代祭では御所・間の町口近くから時代祭巡行を見学 したことを先に紹介しています。

京都の北野天満宮でも、瑞饋(ずいき)祭りが101日から5日まで行われます。古くから西之京の地で行われていた氏子の祭に、明治時代になって神幸祭(神様が氏子地域を巡行する祭)が取り入れられ、現在の形が整いました。もっともカメラを持った人々が待ち構えるのは上七軒で、芸者さんや舞妓さんなどが行列をお茶屋で出迎えています。

 5日間の祭礼のうち、特に104日の還幸祭は「おいでまつり」とも呼ばれ、単に天神様が御旅所から本社へお帰りになる、というだけでなく、「大宰府でお隠れになった菅原道真公の御霊が神様として北野の地においでになる」という御鎮座の由来を回顧し再現する意味を持つ重要なお祭です。三基の御鳳輦を中心に神牛の引く御羽車や松鉾、梅鉾など、絢爛たる行列が氏子地域を巡行します。 

 瑞鱗御輿は101日から3日まで御旅所に奉安され、104日に巡行します。今年はこの4日に行われた、御旅所で見た還幸祭の行列を紹介します。

 

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瑞饋祭

上左:子供の瑞饋神輿  上右:第一鳳輦 

下左:神職先導  下右:宮廷馬車・宮司神職

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2017年7月 9日 (日)

・近衛通りの楽友会館で放談会に出席して、OBとの会話を楽しんできました

二か月に一回大学に勤めた卒業生OBが集まり放談をする会のお世話をしていますが、昨日も14人ほどが集まり旧交を温めてきました。東山通(東大路通)の近衛通バス停そばに、京大の楽友会館があります。これは大学の同窓会館で、1925(大正14)年に京都大学創立25周年を記念して、建設されました。鉄筋コンクリート2階建の瓦葺でスパニッシュ・ミッション様式を基調とした外装は大正建築の特徴をよく伝えており、1998(平成10)年に国の登録有形文化財に指定されています。

この2階のホールで毎年卒業シーズンには全学生教員が一堂に会して、同窓会のお世話で食事を楽しんだものです。この折にテーブルマナーに慣れ親しむ習慣ができ、また先輩後輩とのつながりが深まってきました。多くの人はまた2階のホールで結婚披露宴をしたもので、私もその一人でした。1階の食堂は一般の人も利用できますので、簡単に会館を紹介します。お近くに来られればぜひ訪れてみて下さい。

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楽友会館

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2016年12月18日 (日)

・仁和寺で開催された洛趣会で、京都の工芸品・懐かしいお菓子を頂き、庭園を拝見しました

先に仁和寺特産の嵯峨菊を紹介 しましたが、11月初めに開催された洛趣会の招待券を頂き、家人と出かけました。洛趣会には京都の伝統産業のお店がブースを出し、京友禅、京呉服、西陣織物、京履物、お香、扇、茶道具、御所人形、扇、京菓子、ソバなどの商品展示があり、またその後に抹茶を頂き、更におそばを頂いてきました。京菓子には幾種類もの美味しい生菓子がありますが、更に昔からの庶民的な伝統的菓子も多く、おかき・あられ、八ッ橋などもありました。展示コーナーの間には仁和寺の各建物とお庭なども拝見でき、いつも素通りしている所をゆっくり見ることができました。

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仁和寺洛趣会

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2016年12月13日 (火)

・木々が紅葉に彩られると、学生時代に習ったあの和歌が思い出されます(その2)

年の初めの114日に、新春恒例のお歌会始がありました。テレビで見ていると、歌を講ずる披講所役は、司会にあたる読師、講師に続いて第1句から節を付けて吟誦する発声(はっせい・1人)、第2句以下を発声に合わせて吟誦する講頌(こうしょう・4人)からなります。その発生は朗々として、ゆっくりとのびやかに歌われます。本来和歌と言うものは、目で黙読するのでなく、朗々と歌い上げるもののようで、それだけ調べ、発声は重要なのでしょう。

前回紹介しました和歌以外にもまだまだ良い歌がありましたので、今宮神社参道のイチョウの黄葉、植物園のフウ、メタセコイヤなどの紅葉 と共に紹介します。

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イチョウ・今宮神社参道

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2016年12月 9日 (金)

・木々が紅葉に彩られると、学生時代に習ったあの和歌が思い出されます(北野天満宮)

今年は例年になく暑い夏でその後も暖かい日が続き、衣笠の地では木々の紅葉も例年になく長く続いているようです。日本人は古来より桜の花を愛し、和歌にも桜の花を愛でる歌が色々歌われています。そこで、学生時代に習いまたその後も印象に残っている桜をうたった和歌桜の花が咲けば、学生時代に習ったあの和歌が思い出されます(1) その2 として、桜の写真と共に紹介しました。

桜に負けず秋の風情に心情を託し、紅葉をうたった和歌もたくさん習ってきていて、ふと思い出しそんなこともあったなあと思いだします。ここには先日見た北野天満宮で見た見事な紅葉に、思い出した和歌を並べてみたいと思います。

 

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菅原道真

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2016年12月 8日 (木)

・北野天満宮のお土居のもみじ苑を守る悪水抜き・版築工法と見事な紅葉を見てきました

私の散歩コ-スの北野天満宮は折に触れ訪れたい場所で、今までにその歴史夏越しの茅(ちがや)輪くぐり妖怪がらみの灯ろう節分祭での狂言と舞の奉納道真公ゆかりの紅白梅 整備されたお土居 雪中の初詣再度の紅梅と白梅 などを、8回にわたり紹介しています。太閤ゆかりのお茶会の跡や天神さんの7不思議、さらに世界遺産に登録していないわけなど、まだまだ紹介しきれていません。

整備されたお土居は新緑の頃にも訪れるのに良いところですが、横に流れる紙屋川それにかかる鶯橋と更にお土居を取り巻く木々の紅葉を見る晩秋にも絶好のスポットです。お土居は太閤秀吉が、洛中を戦火から守るために築いた土塀で、ここ北野天満宮ではこれが綺麗に保存されています。

 

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お土居もみじ苑

お土居のもみじ苑には約300本の紅葉する木が植えられ、10月下旬から12月上旬まで公開されています。

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2016年11月11日 (金)

・洛南の山すそにある黄檗山萬福寺では中国風の雰囲気が今も残っています

黄檗山萬福寺は1661年に中国僧 隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師 によって開創されました。禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧で、中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺」と名付けました。その後、幕府の政策等により、宗派を黄檗宗と改宗し現在に至ります。日本でいう「禅宗」は、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三宗に分類されています。

この萬福寺で毎年10月、中国華僑の人達が先祖の供養をする普度勝会に、健康太極拳では奉納演武をしてきています。ことしも関西各支部の参加により約140名が集まり奉納演舞を行い 、その様子を紹介しています。奉納演舞の後は、塔頭の一つである宝善院で普茶料理を頂きその様子を、先に紹介しています。萬福寺のお寺の様子は先に宇治茶の石碑と共に一部を紹介 していますが、その折に紹介できなかった残りを紹介します。

 

 

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隠元禅師と境内イラスト

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2016年5月16日 (月)

・上賀茂神社で斎王代以下の加茂祭(葵祭)巡行列を待ち、社頭の儀を拝見しました 

先に葵祭の記念切手が発行されていることを、またお正月には薪能に参加したことを紹介しました。今回は上賀茂神社での巡行の列をお待ちし、境内で行われる社頭の儀拝見できる招待されました。そこで遅れないよう12時半ごろ受付を済ませ、参拝を済ませ指定席でゆっくり斎王代、勅使などを拝見できました。いつも籤運は悪いのですが、今回案内を貰い直ぐ参加返事をしましたので、各国総領事夫妻のすぐ後の席でした。

葵祭正式名賀茂祭と言い、加茂御祖神社(かもみおやじんじゃ、下鴨神社)と加茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ、上賀茂神社)の例大祭です。両神社では5月のはじめから流鏑馬神事競馬神事御禊(みそぎ)の儀、歩射神事御蔭祭御阿礼神事などの祭儀が行われていて、そのメインイベントとなるのが515日に行われる祭儀なのです。御所から、下賀茂神社を経て上賀茂神社までの8を巡行します。

            (葵祭行列保存会事務局長の説明から)


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葵祭

上は斎王代以下女官、下は舞人陪従(べいじゅう)

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