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2017年11月

2017年11月30日 (木)

・知っているようで詳しくは知らない風呂敷の包み方を紹介します

先日京都の名産品紹介の洛趣会を1 22回に分けて紹介しましたが、その中で風呂敷・袱紗の宮井さんのコーナーで「ふろしきのしおり」が置いてありました。日本風呂敷協会作成の、色々の風呂敷の包み方を紹介した冊子でした。なかなか興味深くて読んでみると、話には聞いていた西瓜包みやワイン包みなどの包み方も紹介されていました。

そこで風呂敷のルーツはどこだろうかと疑問になり、ちょっと調べてみました。物を包む布としての起源は奈良時代に遡り、正倉院宝物の中に舞楽の衣装包みとして用いられたもあります。ただしこの専用包みには、現在の風呂敷にはない中身を固定するための紐が取り付けられていたので、現在の風呂敷の利用方法とはかなり異なります。どうも、現在の風呂敷の利用は日本で始まったようです。

風呂敷の名称は、日本の室町時代末期に大名が風呂に入る際に平包(ひらつつみ)を広げ、その上で脱いだ服を包んだり、あるいは足拭きにした等の利用が伝えられています。室町時代の風呂は今の風呂とは異なり蒸し風呂(サウナ)でしたが、入浴の際の習慣は江戸時代にも残っていました。江戸時代初めになって、湯を張って入浴する現在の銭湯が誕生し、元禄時代頃から江戸や上方の町では銭湯が盛んになりました。庶民も衣類や入浴用具を平包に包んで持って、銭湯に出かけていたようです。風呂に敷く布で包むことから、平包に代わって「風呂敷包み」や「風呂敷」と広く呼ばれるようになりました。

最近は家庭に風呂の有る内湯が一般的になり、銭湯は少なくなり衣類を風呂敷に包んで行くことも見られなくなりました。しかし最近では化石燃料から作るレジ袋の使用は環境保護の観点からも好ましくない事から、マイバッグや風呂敷の利用が見直しされてきています。私自身は外国の人へのお土産に、舞子や芸妓などの着物姿の模様が入った風呂敷を使って好評です。たいていは奥さんが壁に懸けて飾ったり、ネッカチーフに利用されたりしているようです。また外国では布で物を包んで持ち運びする習慣は無いようで、図書館や美術館で箱の持ち込みを禁止することはあっても、風呂敷の持ち込みはセーフのようです。

ここには日本風呂敷協会の資料から、風呂敷の包み方を紹介します。意外と知っているようで、知らない包みもあるものですね。

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風呂敷・袱紗・宮井

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2017年11月27日 (月)

・タイ、中国と韓国で頂いたり記念品として買った吊り飾りコレクションを紹介します

今まで海外で買ったり頂いたりしたコレクションの中から、酉にまつわるポルトガル土産 シンブルコレクションマーブル紙のペーパーホルダーイギリス・バースで買ったレース編みの額 などを紹介してきましたが、しばらく途絶えていました。私の部屋の壁にはまだ紹介していなかった、スーベニアスプーン、キーホルダーや吊り飾りなどが下がっています。今回はこれらのうちから吊り飾りを紹介します。

家人とはもう旅行に行ってもお土産は買わないことにしましょうねと言っていますが、今までに集まった雑多なコレクションが狭いマンションにあふれています。研究室の本棚に動物の置物を置いていましたが、留学生が帰国した折などに今迄に無かった鳥や動物の置物をプレゼントしてくれたりして、ますます数が増えました。それ以外に私は活字中毒なので仕事に必要な本、楽しみに読む本などが、どの部屋の本棚にも溢れています。現職中には研究室というスペースがありそこに本なども置けましたが、それも無くなった今ではそこから持ち帰った本や品物で部屋が溢れかえり、ご近所の知り合いに頼み、段ボール数箱を置かせてもらったりしています。そんなわけで、さすがにもう断捨離をしなければと思っています。

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吊り飾り

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2017年11月23日 (木)

・黒谷の金戒光明寺で開催された洛趣会で、京都の工芸品を拝見し・懐かしいお菓子とお蕎麦を頂きました(2)

先には2017年の「洛趣会」で拝見した名店の中から、若松の高級帯地、一保堂の京銘茶、宮脇賣扇庵の扇、いづうの京寿司、田中彌の京人形、川島の西陣織物、宮井の風呂敷・袱紗などを紹介 しました。前回書き忘れましたが、このような神社仏閣での催しなどの場合には、入り口付近にたむろしている京都独特の「配膳さん」と呼ばれる下足番のおじさんのお世話になります。履物を預かってくれ、預かり札を頂いて部屋に上がります。今回家人は後に寄る所があり、キャスター付きのバッグを持っていたため係の女性に頼むと、ここは履物だけなのでと断られてしまいました。それを見ていた配膳さんは「預かってあげます」と声をかけて頂き、途方に暮れていた家人も助かりました。このような配膳さんはここでは履き物係でしたが、あらゆる会や宴席に出張して、お客様の案内、お茶接待、お膳運びなどの運営スタッフとして昔から活躍しています。ここには前回の続きで、拝見した名店の品などを紹介します。

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洛趣会

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2017年11月21日 (火)

・黒谷の金戒光明寺で開催された洛趣会で、京都の工芸品を拝見し・懐かしいお菓子とお蕎麦を頂きました(1)

「洛趣会」は、昭和3年(1928)の開始から、今年で83回を数える歴史ある展示会です。京都の老舗中の老舗30軒が、毎年文化の日とその翌日の1134日に主に大きいお寺を会場として、自慢の品を展示する園遊会です。今年は黒谷の金戒光明寺で開かれ、平成24年に続き6回目の開催のようです。販売は一切ありませんが、各店それぞれに趣向を凝らした展示がされており、歴史や美意識が詰まった魅力的な展示に目を奪われます。その展示の途中では表千家と裏千家が1日ずつ点(た)てられる一保堂の抹茶を頂き、とらやの菓子を賞味でき、その後にゆっくりと展示を見ることができます。最後には尾張屋の蕎麦を頂き、満足して帰宅するという段取りになります。昨年の仁和寺での洛趣会についても先に紹介 しています。

今年の開催場所の黒谷金戒光明寺の事は、先の紅葉紹介の折にも書いいます。山号は紫雲山で、浄土宗七大本山の一つです。山越阿弥陀図(重文)など数多くの文化財を所蔵しています。光明寺という寺は全国にたくさんありますが、「金戒」の二字が着くのはこの寺だけのようです。後光厳天皇が八世紀の雲空上人について授戒されたことで、「金戒」の二字を賜ったものです。授戒というのは、修行者・信者としての守るべき戒(信者が守るべき戒律)を授けることです。歌舞伎狂言の熊谷直実蓮生坊が出家した物語でも有名であり、春日局や竹内柄鳳の墓所もあります。勿論先に書きましたように、幕末の松平容保(かたもり)公の本陣旧跡や会津藩戦死者たちの会津墓地もあります、

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金戒光明寺での洛趣会

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2017年11月17日 (金)

・東山のくろ谷にある金戒光明寺紫雲の庭などの見事な紅葉を見てきました

先に京都府立植物園では、イチョウの木とケヤキの木々の紅葉 半木神社周辺の紅葉を紹介しました。その後何時も参加している京都の名産品の展示会が、今年はくろ谷の金戒光明寺で開かれるとのことで、114日に楽しみに行きました。金戒光明寺は東山の平安神宮の北側に位置します。

金戒光明寺は浄土宗の寺で、開山・宗祖は法然上人です。比叡山での修行を終え、四十三歳の時念仏の教えを広めるために、この東山にある紫雲山山頂の石の上でお念仏をされた時、全山にみなぎり光明があたりを照らしたことからこの地に草庵をむすばれました。これが浄土宗最初の寺院となりました。

金戒光明寺は幕末に、重要な役割を果たしました。幕末の京都は暗殺や強奪が日常化し、手のつけようのない状態になっていました。その頃の勤皇浪士の足跡の一部を先に紹介しています。文久二年(1862年)京都守護職に任命された会津藩主松平公は12月に入洛し、このくろ谷に本陣を構えました。

この金戒光明寺に会津藩士1000名が常駐し、京都守護職本陣に選ばれたのにはそれなりの理由がありました。徳川家康は幕府を盤石なものにする為に、特に京都には力を注ぎました。直轄地として二条城を作ってその横に所司代を置き、何かある時には軍隊が出動できるように黒谷と知恩院をそれとわからないように城構えとしていました。寺に入ろうとすると後の写真にもありますが、かなりの石段に取り囲まれ、堅固な造りになっていて正にお城のようです。上からの眺望は良好で、特に西からやってくる敵に対しては大山崎(天王山)、淀川のあたりまで見渡せます。二つ目の理由として、御所などの重要な場所に近い点があります。御所まで約2㎞、三条大橋東(粟田口)までは1.5㎞の下りで、馬で走れば約5分、人でも急げば15分で到着できる要衝の地でした。更に、千名の軍隊が駐屯できる約4万坪の大きな寺域があり、居住するに十分な宿坊がりました。

その日に家人は大きな荷物を持っていたので、やっとの思いで階段を登りお寺に入りました。帰りには丁度客を載せて来たタクシーがあり、幸いそれで楽に地下鉄の駅まで行けホッとしました。行きには大変な思いをしましたが、洛趣会で見事な工芸品、名産を拝見し、また山の頂だけに色鮮やかな紅葉が見られて満足致しました。ここにはその時に見た見事な紅葉を紹介し、洛趣会の様子は次回に紹介します。

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金戒光明寺

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2017年11月13日 (月)

・植物園内にある半木神社の池周辺でも木々の紅葉が進んでいました

先に京都府立植物園では、イチョウの木とケヤキの木々が紅葉を始めていたことを紹介 しました。正門から入ってまっすぐ進むと大温室の前を通り、桜の木々の間を抜けると半木神社に着きます。半木は「なからぎ」と読み、この辺りは古くからこの地域の地名でした。しかしこれが読めない人が増えたせいか、今では「はんぎ」と振り仮名が住所標識などにふってあり驚きます。

紅葉(こうよう)と書くとモミジとも読み、また晩秋に落葉広葉樹の葉の色が紅葉や黄葉に変化することも意味します。また、モミジと打ち込むと紅葉あるいは黄葉に変換されます。モミジという植物は意外となくて、一般にカエデの類が対象となり、何か特定の植物を意味するものではありません。また色の変化も紅葉、黄葉と褐葉などの色の区別はなかなか難しい場合が多く、一般には紅葉と表現されることが多いようです。

落葉広葉樹の葉は常緑樹の葉とは異なり、一般に薄くて冬の寒さに対する抵抗性はなく、落葉することで木自体の身を守ります。先ず光合成をしていたクロロフィルが分解されます。その過程で種類によってクロロフィルが分解して元からあったカロチノイドが目立ってきたり、アントシアニンなどの色素ができたりして紫外線などから葉を守ります。その間に、葉に蓄えられた養分を茎や根に回収します。元からあったカロチノイドを持つ葉は黄葉し、アントシアニンができた葉は紅葉します。養分の回収が終わるとエチレンなどの老化ホルモンが作られて葉の基部に離層ができ、枝から葉は離れ落ちるようになります。回収された養分は、春になって新しい葉ができるのに使われます。

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紅葉

 落葉樹に交じり常緑樹もあり、紅葉の色合いが非常に複雑で、微妙な紅葉の色合いが楽しめました。

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2017年11月10日 (金)

・今年もイチョウの木は黄葉し、ケヤキの木々も紅葉が始まりました

キンモクセイが芳香を漂わせたと思ったら、京都府立植物園ではイチョウの木は黄葉して銀杏をつけ、エントランスではケヤキの木々が紅葉を始めていました。イチョウの木はイチョウ科イチョウ属に属する、中国原産の裸子植物です。普通に見かける被子植物と異なり、タネになる胚珠が裸状態で花の中にあります。世界古来の樹木の一つであり、世界的に繁栄したが氷河期にほぼ絶滅し、イチョウは唯一現存する種(シュ)なんです。現在イチョウは、生きている化石として絶滅危惧IB類に指定されています。

イチョウの木は日本ではよく見かけますが、ヨーロッパではあまり見かけません。それはヨーロッパのイチョウは細菌によって死滅した後に、1693年に長崎に来ていたケンペルによりヨーロッパに持ち帰られたものからだけ広がったためです。イギリスでお世話になったシュワーベ先生も、庭に植えられた小さなイチョウを自慢していたことを思い出します。

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紅葉

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2017年11月 7日 (火)

・今年も平野神社では酔芙蓉の花がお酒に酔ったように白色から薄赤色、赤色と色とりどりに変化していました

昨年秋にスイフヨウ(酔芙蓉)の花を偶然平野神社で見かけ、白色、薄赤色や赤い花が綺麗に咲いていることを紹介 しました。スイフヨウはアオイ科フヨウ属の落葉低木です。先に同じ科で同じ属のハイビスカスフヨウを紹介 していますが、葉の形態は共通で花弁も5枚で旋回し椀状に広がっています。先端で円筒状に散開するおしべは根元では筒状に癒合した雄ずい筒を作り、その中心部からめしべがさらに突き出て5裂しています。ただ酔芙蓉の花弁は一重ではなく、普通では八重の花でたくさんの柔らかい花弁が何層にも重なっています。

スイフヨウは朝咲いた時には白色ですが、午後にはピンク色から赤色の変化します。マツリカ(茉莉花、アラビアジャスミン)の花も同様に、同じ株から白色から薄紫、ピンクがかった紫色など、いろんな色の花が一緒に咲いてとても綺麗なことを紹介しました。

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酔芙蓉

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2017年11月 5日 (日)

・京都府立植物園で開催された第50回秋のバラ展をみてきました

京都府立植物園で1020日から22日までの3日間、第50回秋のバラ展が実施されました。市内のバラ愛好家により丹精込めて栽培された切り花約800本、オールドローズや新品種のばら鉢植え約150鉢が展示されました。そこで最終日に、花瓶に挿された各種の色のバラを見てきました。

バラにはいろんな分類がありますが、花の形・大きさからはミニチュア(姫バラ、     Minハイブリッドティー四季咲き大輪種、HT)、フロリバンダ(四季咲き中輪種、 FL)、クライミング(ツルバラ、CL)、ポール仕立て(P)などに分けられます。

今までに植物園バラ園に植えられていたバラなどを、ツルバラハイブリッドティーフロリバンダ ポール仕立てのバラについて紹介してきました。更にモッコウバラアンネのバラ晩秋のフロリバンダミニバラについて、またバラの切り方・剪定 について、植物のバラではない砂漠のバラも紹介 してきました。

 今回は、バラ展で見た見事な切り花のバラを紹介します。

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バラ展のバラ

見事な剣弁高芯の花を選んで示しました。

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2017年11月 2日 (木)

・秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 金木犀の 香にぞ驚く

秋になるとマンションの入り口に1本のキンモクセイが植わっていて、秋の訪れを知らせてくれます。今までに、芳香漂うキンモクセイについて紹介は一度していますその折にも書きましたが、父は外国航路の貨物船の船長をしていて留守がちで、若い頃の母はせめても秋の香りを父に届けようと、航空便の封筒にキンモクセイの花を入れて送っていたようでした。キンモクセイの香りがすると、いつもそのことを思い出します。そんなキンモクセイの花ですが、いい香りだなと思いつつ、ジックリと花の形を見ていませんでしたので、今年は接写して花を詳しく見てみました。図鑑を見るとキンモクセイは雌雄異株ですが、原産地の中国南部から日本へは江戸時代に雄株だけが渡来し、雌株は入ってこなかったようです。雌株は実をつけるのでその着花負担のため、花数は雄株より少ないので、日本には導入されなかったのでしょうか。日本での繁殖には、タネでなく挿し木で繁殖しています。挿し木をしても、花が咲くまでには5~7年かかりますので、気長に育てる必要があります。

 

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キンモクセイ

 キンモクセイの木とその落ちた花、それに花の接写した拡大を示しました。

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