« 2017年7月 | トップページ

2017年8月

2017年8月15日 (火)

・長崎の平和記念公園から浦上天主堂を再び訪れることができました

長崎では先に大浦天主堂を訪れたことを書きました、せっかく長崎まで来ましたので市電で松山駅まで行き、平和記念公園に向かいました。

平和記念公園ではいつものことながら多くの観光客や高校生などがたくさん訪れていました。中には小学生の一団が先生に引率されて入ってきて、どうするのかと思ってみていました。すると平和記念像の両側に千羽鶴の保管場所があるようで、代表が持ってきた千羽鶴を吊るしていました。平和記念公園からは浦上天主堂は良く見え、一休みした後天主堂に向かいました。

 浦上天主堂は、1945年(昭和20年)の長崎への原爆投下によって破壊されましたが、1959年(昭和34年)に再建されました。1962年(昭和37年)以降、カトリック長崎大司教区の司教座聖堂となっており、所属信徒数は約7千人で、建物・信徒数とも日本最大規模のカトリック教会です。

天主堂のすぐそばに長崎医大があります。長崎医科大学(現長崎大学医学部)永井助教授は原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭に重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を「長崎の鐘」に書いています。被爆時に大学や長崎の都市が完全に破壊された様子、火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いています。永井博士はこの時妻を亡くし、また自身も救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留めました。「長崎の鐘」とは、廃墟となった浦上天主堂の煉瓦の中から、壊れずに掘り出された鐘のことです。

 

Dscn3254a

平和公園から見た浦上天主堂

長崎の町にキリシタンが伝えられた1567年ごろから、浦上にもキリシタンの布教が行われ、1584年、有馬晴信が沖田畷の戦の勝利の感謝のため、イエズス会の知行地として寄進したことによって、浦上は名実共にキリシタンの村になった歴史があります。

続きを読む "・長崎の平和記念公園から浦上天主堂を再び訪れることができました"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年8月11日 (金)

・植物園のハス池ではハスの横に半夏生が、また林にはヒロハコンロンカの白い葉がみられました

7月中旬に京都府立植物園のハス池でハスの花を見ましたが,そのすぐ横にはハンゲショウ(半夏生)の花が咲き、葉の一部が白く色づいていました。先に初夏には白い花が綺麗だと、タイサンボク、ハスやオリーブについて、またその後にもヤマボウシ、ユッカ、キョウチクトウについて紹介 しています。ハンゲショウの場合には花穂のすぐ下の苞葉が基部から白く色づき、授粉昆虫を誘引しているのではないかとされています。ハス池の反対側には林があり、緑の葉の中に白っぽい葉が見えるので近寄って見ると、ヒロハコンロンカの木がありました。この木では花のガクの1枚が白い花弁状になっています。遠くから見るとヤマボウシほどではないですが、かなりその白い葉が印象的に鮮やかに見えます。ハンゲショウもヒロハコンロンカの葉の白化も、訪花昆虫を誘引しているのではないかとされ、多くの蝶などが群がっています。

Dscn3315

ハンゲショウとヒロハコンロンカ

上段の2枚がハンゲショウで、下の2枚がヒロハコンロンカです。

続きを読む "・植物園のハス池ではハスの横に半夏生が、また林にはヒロハコンロンカの白い葉がみられました"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 8日 (火)

・長崎の出島と鳴滝で医学、博物学その他の知見を伝えたシーボルトの足跡を記念館で見る

長崎では江戸時代の鎖国の間も出島ではオランダと中国との交易はされており、世界に開かれた町でした。ヨーロッパの学問の進展はオランダを通して伝えられ、そこにはシーボルトの貢献は大きく、医学、博物学その他の最新の情報をもたらしました。

フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトPhilipp Franz Balthasar von Siebold, 17961866)は、ドイツの医師であり博物学者でもありました。ドイツ語での発音は「ズィーボルト」ですが、日本では「シーボルト」として知られています。シーボルトという姓の前にフォン (von) が添えられおり、これは貴族階級を意味します。

東洋学研究を志したシーボルトは、1822年にオランダのハーグへ赴き、オランダ領東インド陸軍病院の外科少佐となります。滞在中にオランダ領東インド総督に日本研究の希望を述べ認めて、1823年に27歳で来日し、長崎の出島のオランダ商館医となりました。出島外の鳴滝塾を開設して西洋医学(蘭学)教育を行い、日本各地から集まってきた多くの医者や学者、例えば高野長英などに講義しました。

 

Dscn3049

シーボルトと植物

続きを読む "・長崎の出島と鳴滝で医学、博物学その他の知見を伝えたシーボルトの足跡を記念館で見る"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 3日 (木)

・植物園のハス池では赤、黄、ピンクのハスの花も盛りを迎えていました

ハスの花はもう終わったかなあと思いながら、7月中旬に京都府立植物園のハス池へ向かいました。まだまだ咲いていました、赤、黄、ピンクの蕾もまだあり、また多くの花では花弁が開き切り、雄しべに囲まれた逆ロート状の花床が大きくなっていました。

ハスは仏様とかかわりが深い花です。泥の中に地下茎であるレンコンを伸ばし、

泥水の中から鮮やかな緑の上向きの葉と色鮮やかな花を咲かせるのは、悩める衆生を諭すのに良い素材になったのでしょうか。泥水の中から、泥色に染まらず鮮やかなピンクの花などを咲かせるのには本当に驚きです。以前に徳島の卒業生のお宅で、鳴門レンコンの収穫を体験させて頂くことがありました。今ではレンコンも沼でなく深めの田んぼで栽培されていて比較的収獲も楽になったようです。それでも、特殊な鍬を使い長いレンコンを傷めずに掘り取る作業は大変で、お父さんの助け舟が出てほっとしました。

 

Dscn3290a

ハス

ハス(蓮、学名Nelumbo nuciferaは、インド原産のハス科ハス属の多年性水生植物です。ハスの花と睡蓮を指して蓮華(れんげ)といい、仏教とともに伝来して古くから使われた名です。また地下茎は野菜のレンコンです。花期は78月で白またはピンク色の花を咲かせますが、早朝に咲き昼には閉じます。

続きを読む "・植物園のハス池では赤、黄、ピンクのハスの花も盛りを迎えていました"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2017年7月 | トップページ