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2016年12月 9日 (金)

・木々が紅葉に彩られると、学生時代に習ったあの和歌が思い出されます(北野天満宮)

今年は例年になく暑い夏でその後も暖かい日が続き、衣笠の地では木々の紅葉も例年になく長く続いているようです。日本人は古来より桜の花を愛し、和歌にも桜の花を愛でる歌が色々歌われています。そこで、学生時代に習いまたその後も印象に残っている桜をうたった和歌桜の花が咲けば、学生時代に習ったあの和歌が思い出されます(1) その2 として、桜の写真と共に紹介しました。

桜に負けず秋の風情に心情を託し、紅葉をうたった和歌もたくさん習ってきていて、ふと思い出しそんなこともあったなあと思いだします。ここには先日見た北野天満宮で見た見事な紅葉に、思い出した和歌を並べてみたいと思います。

 

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菅原道真

まず北野天満宮のお土居に、道真公の歌碑もあるこの歌から始めましょう。

このたびは幣(ぬさ)もとりあえず 手向山  

紅葉の錦 神のまにまに  菅原道真 (古今和歌集)

道真公が898年宇多上皇の大和巡幸のみぎり供奉せられ、手向山八幡に参拝されたおりの歌。この意味は、今回は突然の参拝でありお供物を用意致しませんでしたが、美しく織りなされた錦のような境内の紅葉をご神前にお手向けいたしましょう。

 

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藤原忠平

小倉山 峰のもみぢ葉こころあらば
   今ひとたびの御幸待たなむ
  

藤原忠平(貞信公)(拾遺集)・百人一首、(大鏡)   

小倉山の峰の紅葉よ。お前に人間の情がわかる心があるなら、もう一度天皇がおいでになる(行幸される)まで、散らずに待っていてくれないか。

 

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猿丸太夫 

奥山に もみじ踏み分け 鳴く鹿の
  声聞くときぞ 秋は悲しき
 猿丸太夫 百人一首 ・(『古今集』

人里離れた奥山で、散り敷かれた紅葉を踏み分けながら、雌鹿が恋しいと鳴いている雄の鹿の声を聞くときこそ、いよいよ秋は悲しいものだと感じられる。

 

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与謝野晶子

金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして
   銀杏散るなり夕日の岡に
              与謝野晶子(恋ごろも)

 

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紀 貫之

秋風の 吹きにし日より 音羽山
   みねの梢も 色づきにけり             
 紀 貫之 (古今集)

秋風が吹き始めた初秋の時から風の音が絶え間なくするが、その音羽山を今日眺めると、峰のこずえまですっかり紅葉している。

 

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紀 貫之

見る人もなくて散りぬるおく山の
   
  紅葉は夜の錦なりけり
                紀貫之(古今集秋下)

見に来る人もいないまま散ってしまう奥山の紅葉は、(まるで)夜に錦の衣装を着ているようなもので、せっかくの美しさも甲斐のないことだなぁ。

 

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能因法師

嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 
  龍田の川の 錦なりけり
          能因法師 百人一首・(後拾遺集)

山風が吹いている三室山(みむろやま)の紅葉(が吹き散らされて)で、竜田川の水面は錦のように絢爛たる美しさだ。

 

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在原業平

ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 
韓紅に 水くくるとは
                 在原業平(古今集)

さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがない。龍田川が(一面に紅葉が浮いて)真っ赤な紅色に、水をしぼり染めにしているとは。

 

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紀 友則

誰がための 錦なればか 秋霧の
  佐保の山辺を 立ち隠すらむ
             紀友則(古今和歌集)

 佐保山の紅葉は誰のために織りなした錦なのだろう。秋霧は自分だけに与えられたものと思い込んで、山一帯に立ちこめ、その紅葉を我々の目から隠しているのだろうか。

 

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崇徳院

瀬を早(はや)み 岩にせかるる 滝川(たきがは)の   

われても末(すゑ)に 逢はむとぞ思ふ         崇徳院(百人一首)

川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が2つに分かれる。しかしまた1つtoなるように、愛しいあの人と今は分かれても、いつかはきっと再会しようと思っている。

 最後は崇徳院のこの秀歌で締めましょう。先に紹介しましたように、崇徳院は 配流地で弟の後白河天皇に恨みをもって没します。天皇は配流後も崩御後も罪人として扱い、服喪もしませんでした。しかし崩御後わが子の二条天皇ほか近親者が相次いで亡くなり、更に大火事が京都で起こりその/3が焼け落ち、大極殿も焼失します。後白河院はこれらの出来事・大火を崇徳院の怨念と恐れ、その後鎮魂が進められ、やっと崇徳という天皇をたたえる諡号(しごう)が贈られ、崇徳院と呼ばれるようになりました。石を積んだだけの粗末な御陵も改められて白峰御陵として整備されました。しかし崩御後間もなく、歌道で交流のありまた北面の武士でもあった能因法師が供養に訪れた折には、墓所の位置もわからなかったようです。この崇徳院にしても、このような思いを持った歌があったのですね。

 

少し大きな写真特性などは、右サイドの 京の街角  載せます

でそちらもご覧下さい

関連記事が 京の街角 にもありますので、ご覧ください。

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コメント

学生時代は古典や古語はわりと好きな方だったんですが。。。
すっかりうろ覚えになってます(^_^;)
瀬を早み~や。。。ちはやぶる~はなんとなく覚えてますが
あとはさっぱりでした。
でも。。。意味は分からなくても言葉の美しさにうっとりです=^_^=

投稿: momo(petya) | 2016年12月10日 (土) 00時31分

こんにちは momoさん sign01

うろ覚えでも何となく習った歌は覚えているものですね。何かの拍子に思い出すから、不思議です。happy01

色々学校ではよいことを学んでいたものと、いまさらながらに思い出しますが、今はどうなんでしょうね?wink

紅葉を見る人は誰も心穏やかで、幸せに満ちた顔つきでした。きっといろんな思い出が胸に浮かんでいたんでしょう。

この和歌も本当は声を出して、お歌会初めのように朗々と謡うとよいのでしょうねsmile note

投稿: プロフユキ | 2016年12月10日 (土) 10時56分

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