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2016年11月

2016年11月27日 (日)

・菊のドーム作りや遅咲きの嵯峨菊の展示を植物園で見てきました(その3)

先に京都府立植物園で見た嵯峨菊を紹介しました。それを見たのは112日に、植物園会館の入り口には鉢植えのドーム菊がたくさん並べられていました。ドーム菊というのは一般に鉢植えの小菊の花が、丸いドーム状に無数に咲いているものです。もちろん花壇に植えられたものもあります。また同じように小菊の花が無数に咲いているものは、ガーデンマム、ザル菊あるいはボサ菊などとも呼ばれています。ザル菊というのは、竹のザルをひっくり返した形からなんとなく想像できますが、ボサ菊というのはよく分りません。ただたくさんの蕾が伸びてしまった形を想像すると、なんとなくぼさぼさと呼ぶわけが分かるような気もしますが? 小菊をたくさん咲かせたものに、ドーム型とは異なり、平たくまた長く下側に伸ばした懸崖菊もあります。

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ドーム菊

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2016年11月26日 (土)

・菊のドーム作りや遅咲きの嵯峨菊の展示を植物園で見てきました(その2)

先に京都府立植物園で見た嵯峨菊を紹介しました。それを見たのは112日で、まだ嵯峨菊は咲き始めたばかりでしたので、天の部分の花を主に見ていました。18日後の20日に例年通り行われる半木神社の秋祭りに出席した際に、その後の開花を見る機会がありました。祭礼の様子は以前紹介しました半木神社の春祭りとほぼ同じで、上賀茂神社から宮司他神官と雅楽奏者が来られ、植物園の発展並びにこの地ゆかりの絹織物にかかわる産業の振興が祈願されます。

春にはハナミズキの花盛りでしたが、今回は錦秋の季節で前回見た嵯峨菊も 更に多くの花が咲き、展示圃はまるで綾錦で彩られた別世界でした。おりしも植物園正面エントランスの欅の紅葉も終わりを迎え、通路にはまるで赤や黄の絨毯を敷き詰めたようでした。また秋祭りでお供えした神饌の御下がりを頂く直会(なおらい)ではお神酒だけを頂き、帰宅してから家人と二人で御下がりを美味しく頂きました。

 

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嵯峨菊とケヤキの紅葉

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2016年11月20日 (日)

・菊のドーム作りや遅咲きの嵯峨菊の展示を植物園で見てきました(その1)

 

先日京都府立植物園で切り花の審査に行った際に、園芸会館の玄関には小菊のドーム作りが所狭しと展示されていました。また植物園の正面入り口を入ったところには、遅咲きの嵯峨菊の展示もされていました。先に鉢植え菊の審査基準を書きましたが、それは三本仕立て盆養でそれはそれで厳しい審査基準で、菊作りの夫婦仲は悪いと聞きました。なぜなら日がさしても雨が降っても慌ててキクの管理に追われる毎日で、ろくろく家庭サービスも旅行もできないかららしいです。出品するには一組12鉢の菊が必要で、審査会出品にはその何十倍もの鉢植え菊が必要だから、おちおちする暇はないでしょう。その審査基準とは異なり嵯峨菊の審査は全く異なり、それはまたそれでまた違った難しさがありそうです。

 

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大沢の池の横にたたずむ大覚寺と嵯峨菊

大覚寺は平安のはじめ、嵯峨天皇の離宮として建立されて1200有余年。正式には旧嵯峨御所大本山大覚寺と称し、嵯峨御所とも呼ばれます。明治時代初頭まで、代々天皇もしくは皇統の方が門跡(住職)を務めた格式高い門跡寺院です。いけばな発祥の花の寺でもあり、「いけばな嵯峨御流」の総司所(家元)でもあります。時代劇・各種ドラマのロケ地としてもよく利用されています。

 

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2016年11月15日 (火)

・晩秋の中で咲く多くのフロリバンダのバラを植物園で見てきました

先日所要があり京都府立植物園に行った際に、まだバラの花が咲いているかなと思ってバラ園に行きましたが、まだまだ多くの花が咲いていました。植物園のバラ園には250品種・2,000株が植えられており、ツルバラハイブリッドティー フロリバンダ ポール仕立てのバラを紹介してきました。

白い花はやや時期を過ぎていましたが、黄色や赤系統のそれもフロリバンダ系の花がまだまだ立派に咲いていました。昨年同時期に秋のアンネフランクのバラなどを植物園で見ましたが、昨年に比べ今年は暖かかったためか花も咲く時期が早まった結果、主要な花は早く咲いてしまったようでした。

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晩秋のバラ

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2016年11月11日 (金)

・洛南の山すそにある黄檗山萬福寺では中国風の雰囲気が今も残っています

黄檗山萬福寺は1661年に中国僧 隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師 によって開創されました。禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧で、中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺」と名付けました。その後、幕府の政策等により、宗派を黄檗宗と改宗し現在に至ります。日本でいう「禅宗」は、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三宗に分類されています。

この萬福寺で毎年10月、中国華僑の人達が先祖の供養をする普度勝会に、健康太極拳では奉納演武をしてきています。ことしも関西各支部の参加により約140名が集まり奉納演舞を行い 、その様子を紹介しています。奉納演舞の後は、塔頭の一つである宝善院で普茶料理を頂きその様子を、先に紹介しています。萬福寺のお寺の様子は先に宇治茶の石碑と共に一部を紹介 していますが、その折に紹介できなかった残りを紹介します。

 

 

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隠元禅師と境内イラスト

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2016年11月 5日 (土)

・北海道の函館にある「天使の聖母トラピスチヌ修道院」は何か心惹かれる所です(2)

英国に住んでいた時滞在していたロンドン大学ワイカレッジは、ほかの大学と同様に教会に属するラテン語学校から発達してきています。だからワイチャーチの牧師も大学行事に参加していて、学生にいつも教会に来るよう話しかけていました。しかし若い学生のミサへの参加は、減ってきているようでした。時々日曜日のミサに参加しましたが、村人の多くは参加して一週間の行動を振り返っているようでした。私も日本ではまれにしかお寺や神社に行かず年一回だけ天竜寺の座禅に参加するぐらいで1週間の生活を振り返ることなく過ごしています。

前回聖母トラピスチヌ修道院の来歴、設備やお土産品などを紹介しました。この修道院は祈りと労働を主要な手段として、神と人々に奉仕する隠世共住修道会です。その厳しい毎日の修道生活を、修道女の生活から紹介します。

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トラピスチヌ修道院

修道院は木々と緑に囲まれ、公開部分は左の図のようで、白い線で示した内側です。

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2016年11月 1日 (火)

2016.11.01・北海道の函館にある「天使の聖母トラピスチヌ修道院」は何か心惹かれる所です

北海道には連絡船の時代から何度か旅行に訪れ、特に函館にはエキゾチックな雰囲気を残す函館ハリストス正教会、五稜郭などがあり、特にトラピスチヌ修道院には何度か訪れました。子供の頃に母に連れられ、巡回牧師が来られる日曜学校に行っており、讃美歌や聖書の話には何度か触れていました。そんなことから海外でもよく教会を訪れていまして、海外の修道院にも行ったことがあり、なんとなく修道院は気になるところでした。特に、幼友達のEさんが病魔に侵され、キリスト教に助けを求め、トラピスチヌに行きたいと言っていたことを思い出します。現在の進んだ医学でも、中々完全治癒のできない病気がり、精神的拠り所をどこに得られるかは大きな問題です。

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トラピスチヌ修道院

 右は聖母マリア像、左は読書をしている修道女。

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