・千本釈迦堂の境内で見た、御衣黄桜と普賢象桜の珍しい特徴を御存知ですか?
サクラはバラ科スモモ属の落葉性広葉樹です。花が葉の出るより先に出てくることから、「花葉見ず、葉花見ず」と言われています。私たちはなにも違和感なく、春にサクラの花を愛でています。しかし、高校時代の友人がドイツからのお客さんの接待で東京から上洛して、サクラを見せたそうです。その反応は意外なもので、葉がなくて花だけが咲いているのは何かグロテスクだという奇妙なものでした。ドイツにもサクランボがありサクラと同じように花が咲いているはずですが、気候条件が日本とドイツではかなり異なります。日本では冬からゆっくり暖かくなって春になり、花が咲きます。更に温度が高くなってきて葉が芽吹き出てきます。しかしドイツでは他のヨーロッパの国々と同様に、冬から春になってもまだ温度は低く、夏近くなってやっと花と葉が揃って生長をしてきます。そのためドイツでは花を葉と一緒に見ているため、日本の桜に違和感を感じたのだと思います。
平安時代から日本人はサクラの花を愛して、サクラは花の代表となって生活の中に溶け込み、多くの歌に歌われてきました。サクラの花をみれば学生時代に習った歌を思いだすことを第1回、第2回と紹介しました。日本人は古くからサクラの花を改良しようとして、多くの品種が育成されてきて、現在では600種以上の品種が確認されています。特に江戸末期にできたソメイヨシノ(染井吉野)は、明治末期には接ぎ木されて全国に広がっています。
家の近くにあり散歩コースの平野神社や大阪の造幣局にあるなどサクラのコレクションを紹介してきましたが、これもごく家の近くの千本釈迦堂や千本閻魔堂(引接寺)にも珍しい特徴を持つサクラがあることを知りました。そこで両寺を何度か訪れ、それら花の蕾から満開するまでの過程を、千本釈迦堂のサクラについて紹介します。
御衣黄桜と普賢象桜
御衣黄桜4月2日
八重桜の1品種で、花弁数は10~15枚くらいで、花の直径は2~205cm。花弁は肉厚
で反り返り、色は白から淡緑色。中心部に紅色の条線があり、4月下旬ころの開花時に
は目立たないが、次第に中心部から赤みが増してきます。
御衣黄桜4月2日
御衣黄は、黄色・緑色の花を咲かせるサクラとしてウコン(鬱金)とともに古くから
知られていました。緑色は葉緑素によるもので、ウコンはその数が少ないため、御衣黄
桜より淡い緑色をしています。ウコンの花は、昨年大阪の造幣局で見たものを先に載せていますので、そちらをご覧ください。
御衣黄桜4月2日
御衣黄桜は江戸時代に京都の仁和寺で栽培されたものが初めとされており、名前の
由来は平安貴族の衣服の萌黄色に近いため、御衣黄桜と呼ばれました。江戸時代に長崎
に着たシーボールトの持ち帰った標本が、現存するといいます。緑色の花は八重桜の濃
赤色と共に私の好きな色ですが、鴨川の堤や哲学の道横にもあり、先に紹介しています
ので、そちらも御ご覧下さい。御衣黄桜も全国に広がり、各地で見られるようです。
御衣黄桜4月8日
4月の2日の御衣黄桜はほとんどがまだ蕾で、人目を全く引かずで、みんなのお目当ては阿亀桜に向かっているばかりで、御衣黄桜に目を向ける人はありませんでした。木全体が緑色っぽく、誰もサクラの木があるとは思っていないようでした。
でも8日になると八重の蕾も大分開き、御衣黄桜らしい雰囲気を出してきました。
御衣黄桜4月8日
この花などはかなり緑色で八重の花弁が、綺麗に開いてきています。
御衣黄桜4月16日
やっと緑色の八重の花が咲き、御衣黄桜らしくなり、花弁はかなり肉厚で反り返ってその特徴をよく表しています。
御衣黄桜4月16日
花をかなりアップしてみましたが、花弁数は12枚くらいでしょうか。それと中央から雌しべが突き出していましたが、それも緑色でした。
普賢象桜4月2日
これは普賢象桜で、普賢象桜は里桜群の1品種で、花は重弁で大輪になります。4月
下旬に花は最盛期を迎え、開花初めは薄紅色をしており、その後徐々に白くなっていき
ます。普賢象桜と呼ばれるのは、花の中央から2本の雌しべが細い葉のように葉化して
突き出ているためです。この雌しべが普賢象菩薩の乗る普賢象の牙(きば)のように見
えるため、普賢象桜と呼ばれています。
普賢象桜4月2日
花弁も雌しべも葉が変形して花の器官になったもので、花葉と呼ばれており、この葉
化は一種の先祖帰りで葉の形に戻ったものでしょう。普賢象桜は千本閻魔堂(引接寺)
にもあります。千本釈迦堂と千本閻魔堂は千本通りにあり、この千本通りはかっての朱
雀大路であり、その北端には船岡山があります。船岡山には平安時代には刑場があり、
その麓に植わっていた桜が普賢象桜で、千本閻魔堂の発祥とされています。
普賢象桜4月2日
普賢象桜のもう一つの特徴は花弁がひらひら個別に落ちるのではなく、花全体がツバ
キのようにポトリと落ちます。その様子が、斬首される囚人の姿に似ているため、中世
の所司代はこの花を獄舎の囚人に見せ、仏心を起こさせたと伝わっています。1409年
に後小松天皇の勧めでこの寺を参詣された足利義満はこの境内に咲き誇るこの桜に感
服されたようです。
ツバキはサクラと異なりこの普賢象桜のように花ごと落花するのが普通ですが、先に
紹介しました地蔵時の散り椿のように、サクラのように花弁がひらひら落ちる種類もあ
ります。本当に植物の世界も多種多様で、一言で特徴を言い表すのは難しいものです。
普賢象桜4月8日
前回の4月2日の普賢象桜はまだ蕾で、蕾は薄紅色をしていました。8日になると花は満開し、その色も白味が増してきて、重弁でかなり大輪になってきました。花の中央から、その特徴となるめしべの葉化が顕著で2枚の葉が着き出ています。
普賢象桜4月8日
この写真では蕾の時の薄紅色が、満開になるのにつれ白っぽくなり、柔らかい花弁がよく伸びてくるのが分かります。
普賢象桜4月16日
16日では木全体が綿帽子を被ったようになり、柔らかい大輪の花が満開してきました。
普賢象桜4月16日
満開の花の集まりごとにやわらかい塊となり、花の周辺にはやや紅色が残り、中央部には純白になってきています。それぞれの花の中央から、2枚の葉が着き出ています。
普賢象桜4月16日
純白の花の中央から突き出る葉は、2枚とも伸びているのもありましたが、1枚が良く伸びているのもあるようでした。
普賢象桜4月16日
4月16日でも普賢象桜は満開でまだ落花はほとんどなく、わすかですがこの2輪は花全体がツバキのように落ちていました。
八重桜4月8日
この写真は千本釈迦堂のサクラを見た後、鴨川の堤で見た満開の八重桜です。
八重桜4月8日
満開に近づくにつれ花弁は白くなりますが、花の基部や雄しべなどの赤味は後々まで残ってて、その赤色が鮮やかでした。
●少し大きな写真と特性などは、右サイドの 観賞植物の紹介 に載せますのでそちらもご覧下さい。
●関連の記事が 園芸植物・園芸情報 にもありますので、ご覧ください。
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