・京都歴史探訪:京都府植物園を守護し、絹織物の守護神でもある半木神社の春祭りに参加しました
4月20日に半木神社(なからぎじんじゃ)の春祭りがおこなわれるとのことで、植物園内にあり園芸振興活動をしている京都園芸倶楽部にも参加要請があり出席させてもらいました。半木神社は、賀茂別雷神社(上賀茂神社)の末社で京都府立植物園内にあり、祭神は天太玉命(あめのふとだまのみこと)です。
植物園のある地帯は以前から半木町と書き「なからぎちょう」と呼んできましたが、近年は「はんぎちょう」と振り仮名が打たれ困ったことだと思っていましたが、植物園内では半木の森(なからぎのもり)と昔通りの呼び方は変わっていませんでした。
半木神社
マップ
植物園の正門を入ってまっすぐ進み、温室群の横を通り抜けた先の桜の木々の間を抜けたところに、池に囲まれて半木の森がありその中に半木神社があります。
半木神社由緒
神社略記によりますと、鎮座地を中心とするこの地域は、かつて賀茂氏が大和の国より移動し、定住の地と決め開墾した土地で、この辺りには天然生の桑の木が育っていました。当時すでに加茂氏と婚姻関係を結んでいた秦氏が協力して養蚕業を起こし、続いて絹織物の製造に従事しました。このことより奈良時代にはこの地はすでに「錦部里(にしごりのさと)」と呼ばれていました。
半木神社1
その後この地は平安時代の後一条天皇の時代、朝廷より正式に賀茂別雷神社(上賀茂神社)の社領地として四ヶ郷の土地の寄進があり、その中に錦部里の名もありました。
このことは加茂氏の開墾した土地を、朝廷においてその所有権を正式に認めたことを意味しています。
半木神社2
この地で古くから養蚕業に携わっていた賀茂氏や秦氏の人々は、四国の阿波国(徳 島県)で同じく養蚕・絹織物に従事していた忌部氏(いんべし)が守護神としていた天太玉命(あめのふとだまのみこと)を勧請して祀ったといわれ、これが半木神社の創建と伝えられています。
半木神社3
現在ではかつての姿を留めていませんが、大正13年に京都府立植物園が設立されてより植物園の守護神として崇敬され、また係る由縁によって養蚕・絹織物染色業界の守護神として広く崇敬されています。植物園内の神社周辺の森は「半木(なからぎ)の森」と呼ばれ、古代山城盆地の植生を残す貴重な自然林として保存されています。また、毎年四、十一月の
二十日に行われる春秋の祭典には、織物関係者等が多数訪れています。
当日も、30数名の関係者が見守る中、上賀茂神社宮司の祝詞で半木神社の由緒が厳かに語られ、御付の神官、楽師の3人(龍笛(りゅうてき)、篳篥(ひちりき)と笙(しょう))がさらにその雰囲気を厳かにしていました。
直会(なおらい)
神饌として神に捧げた供物と同じもの、あるいは撤下した神饌そのものを饗膳として飲食する儀式を直会といいます。神と同じものを食べることにより、神との親密さを増し、加護や恩恵を得ることによって自らの魂に活力を得るための神人共食の儀式とされます。
双葉葵
上賀茂神社と下鴨神社のことは先に、初詣に行ったことを書きました。この両神社の
祭りは葵祭と呼ばれますが、これは江戸時代の1694年(元禄7)に祭が再興されてのち、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅 使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾られるためです。最近はこの二つ葉葵も少なくなってきて、この半木神社でも増殖されています。
フタバアオイは名の通りハート形の葉を普通は二つつける特徴があります。先に「二条城に見られる公武合体の名残」に書きました、徳川家の家紋の三つ葉葵は実際にはありません。
ハナミズキ
ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉高木で、別名アメリカヤマボウシ。花期は4月下旬から5月上旬で、白色や薄いピンク色の花をつける。但し、花びらのように見えるのは「ポインセチアのところで書いたと同じ」総苞で、中心の塊が花序であす。実際の花は、4弁の直径5mm程度の目立たない花が集合して、順次開花します。
白色ハナミズキ
赤色ハナミズキ
日本におけるハナミズキの栽培は、1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカ合衆国ワシントンD.C.へサクラ(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年にその返礼として贈られたのが始まで、最近は各地で桜の後に開花しているのを見かけるようになりました。
●少し大きな写真と特性などは、右サイドの 京の街角 に載せますのでそちらもご覧下さい。
●関連の記事が 歴 史 にもありますので、ご覧ください。
| 固定リンク
「・歴史 History」カテゴリの記事
- ・京都・歴史探訪:二条城の西北で通りの拡張に待ったをかけて止めている椋の巨木と貧乏稲荷(2016.05.28)
- ・天才レオナルド・ダ・ヴィンチは木々の梢の伸長に、川の流れに人体の動脈の類似性を見出し、デッサン・絵画創作に生かしています(2015.07.16)
- ・京都・歴史探訪:三条小橋横には関白秀次とその遺児妻妾たちを供養する瑞泉寺があります(2015.02.13)
- ・京都・香川歴史探訪:歴代朝廷を恐れさせた崇徳天皇の怨霊を、竹田恒泰著「怨霊になった天皇」に見る(2014.06.09)
- ・大阪歴史探訪:久しぶりに曽根崎から梅新近くのお初天神にお参りしました(2014.05.10)





















コメント
お久しぶりです。
植物園には学生時代はもちろん、卒業後も家族と一緒に何度も行ったのに、半木神社には一度も行ったことがなかったです。神社の周りがまるで里山に迷い込んだよう、都会のど真ん中とは思えないような光景ですね。
ちょうどいま実家に里帰り中なので、久しぶりに植物園に行ってみたくなりました。今度は半木神社にも足を延ばして。
投稿: わさんぼん | 2014年5月16日 (金) 01時03分
こんにちは わさんぼんさん
植物園の半木の森はおそらく元の自然林のまま残されていたんでしょうね。戦後は
一時米軍に接収され、宿舎が建っていたようですが、神社周辺にはさすがに手を付けて
いなかったようです。
二条城では中の庭園で結婚式を挙げ牛車でパレードをすることで人気が出ているようで、
植物園も半木神社で結婚式を挙げ知事か植物園長が祝辞を挙げれば入場者数も増えると
言っているのですが、なかなか親方日の丸体質で腰が重いようです。
丁度日本の一番さわやかな時期の里帰りでいいですね。バラも咲きだしていることでしょう。
投稿: プロフユキ | 2014年5月17日 (土) 23時06分