・島崎藤村の「椰子の実」の歌詞のうっかりミスが分かりますか?
バナナは多年草で、木ではないことを先に紹介しました。野菜の中にはメロンやスイカやバナナなど、果実的野菜が幾つかあります。イチゴもその例ですが、日本の大学では野菜研究室でイチゴは研究されていますが、欧米の大学の研究室では果樹研究室で研究されています。それは、ヨーロッパには古くから多くのキイチゴのベリー類があり、中南米から導入されたイチゴ(ストロベリー)も、キイチゴのブルーベリーやラズベリーの仲間と錯覚されたようです。その点日本では明確に食用になる草本は野菜、木本は果樹と対象が分けられていますから、合理的だということになります。
水木しげる描く椰子の木
このように意外な誤解が、植物には色々あります。今日はその一つの例を「椰子の実」について紹介します。明治の詩人・島崎藤村の詩集『落梅集』におさめられている一節「椰子の実」は、柳田國男が伊良湖の海岸(愛知県)に椰子の実が流れ着いているのを見たというエピソードを元に書かれたものです。柳田國男は、東南アジアの島から黒潮に乗って長い年月の旅の果てに、伊良湖岬に椰子の実が流れ着いたことから、日本民族の故郷も南洋諸島だと確信したようです。藤村の詩に、山田耕筰門下の大中寅二が作曲して出来上がった「椰子の実」は、現在に至るまで愛唱されています。
でもこの詩には椰子の木が異国の植物であったため、誤解があったようです。ただ誤解があったからといって、彼の詩やこの歌の重み・価値が変わるものではありません。
どこに誤解があるのか、上の絵と歌詞をご覧下さい。
「椰子の実」
島崎藤村 作詩 田中寅二 作曲
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)
旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ
実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)
海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙
思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん
アブラ椰子の木
これはインドネシアにラフレシアを探しに行ったときに見た、アブラ椰子の木です。
藤村の勘違いがお分かりでしょうか。椰子の木は喬木(きょうぼく)の一種で背が高くなります。30mくらいになる木もあるようです。高さは色々ですが共通して、枝が出ないのです。茎の先端には大なり小なり頂芽優勢という性質があり、茎の先端近くのわき芽は生育しないのです。木には喬木と潅木(かんぼく)があり、喬木は頂芽優勢が強くて幹が高くなります。潅木では頂芽優勢が弱くて、たくさんの枝がブッシュ状に伸びて、茎は低くなります。
巨木
次に喬木の例として、インドネシアのボゴール植物園で見かけた巨木です。
潅木の例としてはここに示した馬酔木などがあります。
しかし椰子ではそれだけでなく、わき芽が本来発達しないようなのです。椰子では葉が次から次と生長して大きくなり、やがて老化して落葉しながら茎はどんどん高さを増しています。遠くから見るとこのようにたくさんの枝が大きく伸びているため、藤村もそれを枝と想像したのでしょう。
野菜でもブロッコリーやメキャベツには茎が伸び、わき芽もよく発達します。同じキャベツ類でもキャベツやカリフラワーでは、茎は伸びないでわき芽はまったく発達しないのです。
メキャベツ
椰子の木では枝が伸びないだけでなく、茎の先端が切られると枝が出ることも無く、木は枯れてしまいます。
タイではココヤシやある種の椰子の木の先端の生長点部はハート・オブ・パーム(ヤシの芽、パルミート)と呼ばれ、野菜としてサラダなどによく利用されています。先端の新梢部分が切られると木は枯死してしまうため、先端を収穫するだけの用途で栽培されています。
椰子の先端(ハート・オブ・パーム)
戦争中東南アジアのジャングルで食料が不足した日本の兵隊は、若い椰子の木を見つけるとこの先端を食べて飢えをしのいだことが、水木しげるの「ラバウル戦記」にも出ています。その本から引用すると、「椰子竹と称する若い椰子を見つけると、これはとてもうまく、かなりの量もあり、生で食べてもけっこううまい。椰子の木の芽を食うわけだ。芽といっても巨大で、十人位でとる。これを煮て食うと、これまたうまい。」
水木さんは知らなかったようですが、現地の人は栽培していたので、日本兵が通ったた後には、椰子の木が根こそぎ枯れてしまい驚いたようです。
では最後に、you tube から [椰子の実] をお聞きください。
●少し大きな写真と特性などは、右サイドの 野菜とその花の紹介 に載せますのでそちらもご覧下さい。
●関連の記事が 園芸植物・園芸情報 にもありますので、ご覧ください。
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コメント
椰子の実の歌が大好きです。
何だかもの悲しい気分の時
この歌がフッと頭に浮かび
口ずさんでしまうことがあります。
プロフユキさん、歌詞のうっかりミスに気付くなんて
すごいですね!
私はなんにも考えずに歌っています(^^)
投稿: もみじ | 2013年8月14日 (水) 13時18分
今晩は もみじさん
椰子の実の歌は本当に良い歌ですね、心が伸びやかになるような歌で、
広く歌い継がれて欲しいですね。
いろんな歌手の歌ったのがあったのですが、このソプラノの歌手の
椰子の実が一番フィーリングにあって選びました。
植物相手の仕事をしていると、自然と気になってしまうのですね、
困った癖です。
投稿: プロフユキ | 2013年8月14日 (水) 20時22分
この歌はメロディーが綺麗なので私も好きです。歌詞は2番までしか知りませんでした。
ヤシの実が日本に漂着したことがあるらしいというエピソードとこの歌を夫に話したら、ヤシは枝なんて無いし、背が高すぎて木陰もできないし雨宿りも出来ないと言われた事があります。
今では、本やネットでいくらでも写真が見られますが、当時はあんな姿の木は想像がつかなかったのでしょうね。かくいう私も数年前までは、パパヤとココナッツの木を混同していました。
投稿: わさんぼん | 2013年9月 2日 (月) 19時51分
今晩は わさんぼんさん
椰子の実やソテツの種などは、九州に古く南方からよく流れ着いていたようです。
柳田國男は伊良湖岬で椰子の実を見つけ、古代日本人の一部は南方の島々から
流れ着いたのだろうと確信したようですよ。
確かに明治の人にとって南方の植物は想像し難い存在だったことでしょう。
でもあのメロディーは長く日本人に受け継がれていくことでしょうね。
投稿: プロフユキ | 2013年9月 3日 (火) 22時48分