・桜を歌った和歌はまだまだありました
先に、桜を歌った和歌を「桜の花が咲けば、学生時代に習ったあの和歌が思い出されます」として紹介しました。でもまだまだ桜の花を愛でて、あるいは思いを込めて歌った和歌が思い出されましたので、10首ほど載せてみます。
先日久しぶりに近くのイタリアンレストランで夕食をとったあと、散歩しながら平野神社の横を通りました。満開の花の下で、たくさんの人がお酒の飲み食事をしながら楽しんでいましたが、桜の花が満開で見事でした。そこで、翌日の昼間に撮った桜の花の写真と和歌をコラボして見ました。
「風さそふ 花よりもなほ われはまた 春の名残りを 如何にとかせむ」
(浅野内匠頭・辞世の歌)
風に吹かれて散る花よりも急いて(天寿を全うすることなく)生涯を終えようとしている私は、この心残りを、どうしたら良いのでしょうか?
「さくら桜 そして今日見る このさくら 三たびの春を 我ら歩めり」
(俵 万智) 説明は省略します。
「おしなべて 花の盛に なりにけり 山のはごとに かかる白雲」
(西行法師・山家集)
すべての桜が盛りになった、山のどの稜線にも、白雲がかかったような花が咲いている。
「さざ浪や 志賀の都は あれにしを 昔ながらの 山ざくらかな」
(平忠度・千載集)
さざ波寄せる琵琶湖畔の志賀の旧都――都の跡はすっかり荒れ果ててしまったけれども、
長等(ながら)山の桜は、昔のままに美しく咲いているよ。
「山里の 春の夕暮れ 来てみれば 入相(いりあい)の鐘に 花ぞ散りける」
(能因法師・新古今和歌集)
山里の春の夕暮に来てみれば、山寺の晩鐘の響きとともに桜の花が散るのであった。
「高砂の 尾上の桜 さきにけり 外山(とやま)の霞 立たずもあらなむ」
(前中納言匤房・小倉百人一首)
遠くにある高い山の、頂にある桜も美しく咲いたことだ。人里近くにある山の霞よ、どうか立たずにいてほしい。美しい桜がかすんでしまわないように。
「あしひきの 山桜花 日並べて かく咲きたらば いたく恋ひめやも」
(山部赤人・万葉集)
もしも山の桜が何日も咲いているのだったら、こんなに恋しいとは思わないでしょうに。
「人知れず もの思ふことは ならひにき 花に別れぬ 春しなければ」
(和泉式部・詞花和歌集)先に彼女の晩年を紹介しました。
自分だけで思い悩むことは、とうに慣れっこです。花に別れない春はないのですから。
「春風の 花を散らすと 見る夢は 覚めても胸の 騒ぐなりけり」
(西行法師・卯月日記)
春風が桜の花をさんさんと散らす美しさにわたしは息をのむ、夢のなかで。目覚めてもなお、乱れに乱れて散る花の情景は、私の胸をざわめつかせる。
「さくら花 ちりぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける」
(紀貫之・古今和歌集)
桜の花がさいたらしいなあ。山の峡を通して見える白雲。あれがそうなのだ。
●少し大きな写真と特性などは、右サイドの 京の街角 に載せますのでそちらもご覧下さい。
●関連の記事が 京の街角 にもありますので、ご覧ください。
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コメント
プロフユキさん、こんにちは。
桜はどこで咲いていてもそれぞれも風情があり美しいと
思うのですが、やはり京都の桜は一層風情がかんじられるのはなぜでしょうか。
写真と和かのコラボがとても素敵です(^_-)-☆
投稿: もみじ | 2013年4月13日 (土) 15時07分
こんにちは もみじさん
全国に素晴らしい桜の名所がありますが、京都の桜は古い品種が多くて、

色形も色々なんです。また神社など古い建物が多いので、その対比が落ち
着きを見せるのでしょうか。
のんびりと平安の昔にかえった気持で、ゆったりと桜を楽しみたいものですが、
なかなか忙しい現代生活ではそうもいきませんね。
菜園も順調に育ってきたようですね。

投稿: プロフユキ | 2013年4月14日 (日) 12時57分