・高山右近と細川ガラシャの足跡
カトリック玉造教会はJR森ノ宮駅、あるいは地下鉄長堀鶴見緑地線玉造駅から徒歩15分のところにあり、大阪城のすぐ南に位置します。その教会堂は大阪カテドラル聖マリア大聖堂といい、ここに司教が居られます。
前庭には細川ガラシャの碑があり、その下には細川家の家紋である細川九曜紋が刻まれています。
細川ガラシャの碑
創立は1894年で創立時に建てられた聖アグネス聖堂は1945年の大阪大空襲により滅失しました。その後フランシスコ・ザビエル来日400年記念の昭和24年に聖フランシスコ・ザビエル聖堂に引き継がれ、1963年3月に、現司教座教会である聖マリア大聖堂へと生まれ変わったと案内板に記されています。またこの教会は、パイプ数2400の巨大なパイプオルガンを持つことで有名です。
教会を出てすぐ北に石造りの井戸があり、越中井の説明が出ています。ここは戦国武将の細川越中守であった忠興の屋敷跡で、越中井はその屋敷の井戸跡で、奥方の細川ガラシャ(1563-1600)も生前にはきっと使ったことでしょう。井戸跡には徳富蘇峰の筆によるガラシャ辞世の句が刻まれています。「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
教会の前庭には大阪ゆかりのキリシタン大名、高山右近像とその説明文があります。説明にあるとおり、家康の時代にキリスト教への信仰を貫いてマニラに追放され、その地に眠っています(1552~1615)。またその横にはカトリック信者・俳人の阿波野青畝による右近をたたえる句碑もあります。「天の虹 仰ぎて右近 ここにあり」
右近像
右近碑文
波野青畝による句碑
ファチマの聖母と羊飼いの説明文
ガラシャ像
右近像
「最後の日のガラシア夫人」では、石田光成の手の者による炎に包まれた部屋で、着物姿のガラシャが十字架に祈る姿が描かれています。家臣に槍を構えさせた死を目前にして、現世での種々の苦しみから逃れられるためか、その穏やかな表情に胸が打たれます。
「高山右近」では右手に十字剣を持ち、恵まれた地位を捨て信徒を引き連れ新天地での信仰に向かう、張り詰めた右近が描かれています。
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