・京野菜の成立と技術的発展(その3)
これは2006年8月に農業生産技術管理学会シンポジウムで発表したもので、多少内容を変えて6回に分けて紹介します。京野菜(図1)の写真は別に載せる予定でいます。
○京野菜の成立
生活の中の京野菜
野菜に感謝する気持ちと、それらの効用を期待したためか、野菜で飾った北野神社や棚倉孫神社の瑞饋神輿(図2、3)、千本釈迦堂のキュウリ封じや神光院のキュウリ封じなど多くの行事があり、京都では野菜が生活に密着している。これらの多くの伝統野菜が京都に残ったのは、これらの価値を見いだした人、またその消費者と財力を持ってこれらを維持した人たちが、京都にいたためと思われる。
当時の交通事情では全国から収穫した野菜を京都まで運んでくることは不可能で、主に種子が京都に運ばれ、それが地形の異なる京都のあちこちで栽培された。私が住んでいる通りは氷室通りであり、市内からちょっと山に入ったあたりにたくさんの氷室があり、そこで野菜や果物が保存されたことであろう。しかしそれは特定の階級の人達だけが利用でき、しかもその種類は限られていた。
従って多くの野菜は、京都を取り巻くあちこちで作られ、近郊園芸 (図4、5)として消費を支えていた。その結果、柊野のササゲ、洛北のスグキ、加茂のナス、東山の鹿ヶ谷カボチャ、聖護院のカブ、ダイコン、山科のナス、桂のウリ、九条のネギ、伏見のトウガラシが成立してきたのであろう。
現在のような長距離の輸送できなかったため、野菜の利用に当たっては漬物としての利用が発達し、これには京都の豊富な地下水とその水質の良かったことも大きく影響している。
大山崎にはナタネ油の石碑があり、古くは灯り、食用油としてナタネ(図6)は重要作物であったことを物語っている。ナタネはその後、観賞用あるいは野菜としてのハナナとして今に至っており、桂川の川原にはそれらの名残のナバナが咲いている。
図1 京の伝統野菜の定義
図2 北野神社の瑞饋神輿
図3 北野神社の瑞饋神輿
図4 近郊野菜として発達
図5 近郊野菜
図6 菜種の変遷
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