2017年8月15日 (火)

・長崎の平和記念公園から浦上天主堂を再び訪れることができました

長崎では先に大浦天主堂を訪れたことを書きました、せっかく長崎まで来ましたので市電で松山駅まで行き、平和記念公園に向かいました。

平和記念公園ではいつものことながら多くの観光客や高校生などがたくさん訪れていました。中には小学生の一団が先生に引率されて入ってきて、どうするのかと思ってみていました。すると平和記念像の両側に千羽鶴の保管場所があるようで、代表が持ってきた千羽鶴を吊るしていました。平和記念公園からは浦上天主堂は良く見え、一休みした後天主堂に向かいました。

 浦上天主堂は、1945年(昭和20年)の長崎への原爆投下によって破壊されましたが、1959年(昭和34年)に再建されました。1962年(昭和37年)以降、カトリック長崎大司教区の司教座聖堂となっており、所属信徒数は約7千人で、建物・信徒数とも日本最大規模のカトリック教会です。

天主堂のすぐそばに長崎医大があります。長崎医科大学(現長崎大学医学部)永井助教授は原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭に重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を「長崎の鐘」に書いています。被爆時に大学や長崎の都市が完全に破壊された様子、火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いています。永井博士はこの時妻を亡くし、また自身も救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留めました。「長崎の鐘」とは、廃墟となった浦上天主堂の煉瓦の中から、壊れずに掘り出された鐘のことです。

 

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平和公園から見た浦上天主堂

長崎の町にキリシタンが伝えられた1567年ごろから、浦上にもキリシタンの布教が行われ、1584年、有馬晴信が沖田畷の戦の勝利の感謝のため、イエズス会の知行地として寄進したことによって、浦上は名実共にキリシタンの村になった歴史があります。

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2017年8月11日 (金)

・植物園のハス池ではハスの横に半夏生が、また林にはヒロハコンロンカの白い葉がみられました

7月中旬に京都府立植物園のハス池でハスの花を見ましたが,そのすぐ横にはハンゲショウ(半夏生)の花が咲き、葉の一部が白く色づいていました。先に初夏には白い花が綺麗だと、タイサンボク、ハスやオリーブについて、またその後にもヤマボウシ、ユッカ、キョウチクトウについて紹介 しています。ハンゲショウの場合には花穂のすぐ下の苞葉が基部から白く色づき、授粉昆虫を誘引しているのではないかとされています。ハス池の反対側には林があり、緑の葉の中に白っぽい葉が見えるので近寄って見ると、ヒロハコンロンカの木がありました。この木では花のガクの1枚が白い花弁状になっています。遠くから見るとヤマボウシほどではないですが、かなりその白い葉が印象的に鮮やかに見えます。ハンゲショウもヒロハコンロンカの葉の白化も、訪花昆虫を誘引しているのではないかとされ、多くの蝶などが群がっています。

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ハンゲショウとヒロハコンロンカ

上段の2枚がハンゲショウで、下の2枚がヒロハコンロンカです。

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2017年8月 8日 (火)

・長崎の出島と鳴滝で医学、博物学その他の知見を伝えたシーボルトの足跡を記念館で見る

長崎では江戸時代の鎖国の間も出島ではオランダと中国との交易はされており、世界に開かれた町でした。ヨーロッパの学問の進展はオランダを通して伝えられ、そこにはシーボルトの貢献は大きく、医学、博物学その他の最新の情報をもたらしました。

フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトPhilipp Franz Balthasar von Siebold, 17961866)は、ドイツの医師であり博物学者でもありました。ドイツ語での発音は「ズィーボルト」ですが、日本では「シーボルト」として知られています。シーボルトという姓の前にフォン (von) が添えられおり、これは貴族階級を意味します。

東洋学研究を志したシーボルトは、1822年にオランダのハーグへ赴き、オランダ領東インド陸軍病院の外科少佐となります。滞在中にオランダ領東インド総督に日本研究の希望を述べ認めて、1823年に27歳で来日し、長崎の出島のオランダ商館医となりました。出島外の鳴滝塾を開設して西洋医学(蘭学)教育を行い、日本各地から集まってきた多くの医者や学者、例えば高野長英などに講義しました。

 

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シーボルトと植物

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2017年8月 3日 (木)

・植物園のハス池では赤、黄、ピンクのハスの花も盛りを迎えていました

ハスの花はもう終わったかなあと思いながら、7月中旬に京都府立植物園のハス池へ向かいました。まだまだ咲いていました、赤、黄、ピンクの蕾もまだあり、また多くの花では花弁が開き切り、雄しべに囲まれた逆ロート状の花床が大きくなっていました。

ハスは仏様とかかわりが深い花です。泥の中に地下茎であるレンコンを伸ばし、

泥水の中から鮮やかな緑の上向きの葉と色鮮やかな花を咲かせるのは、悩める衆生を諭すのに良い素材になったのでしょうか。泥水の中から、泥色に染まらず鮮やかなピンクの花などを咲かせるのには本当に驚きです。以前に徳島の卒業生のお宅で、鳴門レンコンの収穫を体験させて頂くことがありました。今ではレンコンも沼でなく深めの田んぼで栽培されていて比較的収獲も楽になったようです。それでも、特殊な鍬を使い長いレンコンを傷めずに掘り取る作業は大変で、お父さんの助け舟が出てほっとしました。

 

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ハス

ハス(蓮、学名Nelumbo nuciferaは、インド原産のハス科ハス属の多年性水生植物です。ハスの花と睡蓮を指して蓮華(れんげ)といい、仏教とともに伝来して古くから使われた名です。また地下茎は野菜のレンコンです。花期は78月で白またはピンク色の花を咲かせますが、早朝に咲き昼には閉じます。

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2017年7月30日 (日)

・長崎の大浦天主堂を15年振りに訪れ「日本之聖母像」と「信徒発見」レリーフを見てきました

15年振りに長崎を訪れる機会がありました。暑い時期でしたが、中々チャンスはないので思い切って家人と出かけました。今回の訪問予定は、大浦天主堂、シーボルト記念館、浦上天主堂、26聖人記念館とハウステンボスなどでした。久しぶりの伊丹空港ということで、京都からの行き方を調べると大分以前と変わっています。モノレールが伊丹空港まで行っていたのは知っていましたが、阪急電車の南茨木市駅で乗り換えるのが最も便利で、早く伊丹空港に着きました。1時間15分のフライトで長崎空港に着き、長崎空港からはリムジンバスで長崎市内に向かい、ホテルにチェックインした後、市電で大浦天主堂に向かいました。

大浦天主堂は、江戸時代末期の1865年(元治2年)に建立された日本最古の現存するキリスト教建築物です。正式名は日本二十六聖殉教者堂で、その名のとおり日本二十六聖人に捧げられた教会堂で、殉教地である長崎市西坂に向けて建てられています。大浦天主堂は二つの歴史的出来事と密接に関わっています。一つは、1597年日本で最初に殉教した日本二十六聖人たちに捧げられた教会です。もう一つは1865年におきた信徒発見です。大浦天主堂が1864年にたてられた翌年2月に、浦上の隠れキリシタン達が信仰告白をして名のりを挙げました。プティジャン神父は大喜びでフランス、ローマに報告しています。

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大浦天主堂

市電の大浦天主堂下駅で下車して、石畳の坂を上っていくと間もなく大浦天主堂に着きました。天主堂の入り口には「日本之聖母」像が見え、その上には建設当時の神を表す「天主堂」の文字が見えます。天主堂右の建物は旧羅典神学校で、その右下の建物は

旧大司教館です。

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2017年7月25日 (火)

・いつもの散歩道でカラタチを見かけたと思っていたら、花が咲きやがて緑色の実を着けてきました

いつもの平野神社前の散歩道を通っていて、カラタチの生け垣に気が付きました。冬の間は葉が落ちて気が付きませんでしたが、4月になり芽が動きだすと共に、あちこちに白い蕾ができかけていたのです。その後も時々白い花を見ていると大きく膨らんできて楽しみにしていましたら、やがて緑色の実が大きく膨らんできました。カラタチ枳殻、枸橘)はミカン科カラタチ属の落葉低木です。学名はPoncirus trifoliata。原産地は中国で、日本には8世紀頃には伝わってきました。カラタチの名は唐橘(からたちばな)が詰まったものされています。漢字では「枸橘」もしくは「枳殻」と書いて「カラタチ」と読みますが、「枳殻」はキコクとも読みます。京都の河原町通沿いに枳殻邸という、正式名称は京都東本願寺の渉成園という庭園があります。この名前もかっては周囲にカラタチの垣根が植わっていたため、枳殻邸の名前で今も知られています。

カラタチの樹高は24m程で枝に稜角があり、長さ約3㎝の鋭い刺が互生しています。3小葉からなる葉が互生し、小葉は楕円形または倒卵形で周囲に細かい鋸状歯があります。アゲハチョウは好んでこの葉に集まるので、子供の頃は網をもって、ミカン類の木を探して、アゲハチョウをよく追いかけたものです。

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カラタチの花と果実

 カラタチに花が咲き、やがて緑色の丸い実がついてきました。

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2017年7月17日 (月)

・散歩道でサクラの花が咲いた後幾つかの小さなサクランボが色づく頃、花ザクロも咲いてきました

いつもの散歩道には花ザクロが咲きだしていましたが、すぐご近所の庭では桜の開花した後幾つかの実が肥大を始め、赤く色づいてきました。以前に北海道の余市で見た見事なサクランボを紹介しました,京都でも品種により小さな実がわずかですが、肥大してきます。植物園の桜でもいくつかの品種は小さな実をつけています。またサクランボの実が色ずく頃、散歩道では花ザクロが朱色の花を開いていました。大きなザクロの実が秋になって熟した赤くて固い皮が裂けると、赤くて透明で多汁性の果肉のつぶつぶが無数に見えるようになった様子も以前に紹介しました。このつぶつぶ一個の中にタネが入っています。日本ではザクロは果実用というよりは、観賞用の花ザクロとして改良されて来ています。先にも散歩道で見た花ザクロとサクランボの実を紹介しています、今回の花ザクロは天神川沿いではなく、平野神社の前の道沿いで見た花です。

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サクランボと花ザクロ

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2017年7月 9日 (日)

・近衛通りの楽友会館で放談会に出席して、OBとの会話を楽しんできました

二か月に一回大学に勤めた卒業生OBが集まり放談をする会のお世話をしていますが、昨日も14人ほどが集まり旧交を温めてきました。東山通(東大路通)の近衛通バス停そばに、京大の楽友会館があります。これは大学の同窓会館で、1925(大正14)年に京都大学創立25周年を記念して、建設されました。鉄筋コンクリート2階建の瓦葺でスパニッシュ・ミッション様式を基調とした外装は大正建築の特徴をよく伝えており、1998(平成10)年に国の登録有形文化財に指定されています。

この2階のホールで毎年卒業シーズンには全学生教員が一堂に会して、同窓会のお世話で食事を楽しんだものです。この折にテーブルマナーに慣れ親しむ習慣ができ、また先輩後輩とのつながりが深まってきました。多くの人はまた2階のホールで結婚披露宴をしたもので、私もその一人でした。1階の食堂は一般の人も利用できますので、簡単に会館を紹介します。お近くに来られればぜひ訪れてみて下さい。

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楽友会館

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2017年7月 3日 (月)

・京都植物園の温室ではモンキーオーキッドやホットリップスに交じりマダガスカルジャスミンやブルーハイビスカスも咲いていました

6月の京都府立植物園では各種の色のバラが咲き乱れ、懐かしい木のタイサンボクの花もどっさりと大きな白い花をたわわにつけていました。植物園では下の枝も残していてくれているので、すぐ間近にその花を観察できることを先に紹介しています

夏休みに香川のお祖母さんの家に行くと、座敷につながる庭にはタイサンボクの花が良い香りをして咲き、その下の池にはイトトンボがよく止まってことを思い出します。

 久しぶりに温室をのぞいて見ると、昼夜逆転暗室ではピンクや黄色のサガリバナが咲いていました。熱帯温室では猿の顔をしたモンキーオーキッドや、先に紹介したホットリップスの花が更に咲いていました。更に進むと、純白のアフリカシタキズルの花と、紫色のブルーハイビスカスが咲いていました。

 

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温室で見かけた花

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2017年6月29日 (木)

・私だけの天神川沿いの散歩小径で、4月中旬に見かけたヒイラギナンテン、マルバスミレとキランソウ

いつもの散歩道で平野神社の前の平野通りを下がっていくと、東に続く本当に小さな小径が何本かあります。この平野通には大きなお家が立ち並び、生け垣に植えられたカラタチに白い花が咲き、やがて緑の果実ができてきたりして興味が尽きません。平野通りから分かれたその細い道を入ると、天神川に沿った細い小径が現れます。ほとんど誰にも会うことはありません。ずっと以前にマンション群が立ち並ぶ前には、この小径を東に渡り、天神さんにお参りしてきた小径でしょうか。そんな小径をたどると、石垣や小径沿いにいろんな野草が生えています。また御土居に沿った小径からは、紅葉の木々や竹藪などもみられ、一人散歩を楽しんでいます。

 

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散歩小径の花

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2017年6月24日 (土)

・平野神社で塀から桐の木が伸びていて、藤色の花が咲きやがて大きな実がなりました

いつもの散歩道で平野神社に近づくと、いつもは気がつかなかったのですが塀の上から、1本の木が伸びていました。いつもは花が無かったので気にならなかったのですが、

この5月初めには藤色の花がたくさん咲いているので目に留まりました。その後、6月中頃になってもう一度見ると今度は大きな実がたくさんなっていました。キリの木は知識として知っていましたが、こんな街中でしかも神社に生えているのでちょっと驚きました。

キリ(桐)の学名は Paulownia tomentosa。キリ科(以前はゴマノハグサ科あるいはノウゼンカズラ科)キリ属の落葉広葉樹です。原産地は中国とされ、日本では北海道南部以南において植栽されています。英名はprincess treeという優雅な名前が付いています。高さは10mほどで、初夏の頃に円錐花序に淡い藤色の筒状の花をつけます。葉も特徴的であり、広卵形の大きな葉をつけます。伝統的に神聖な木とみなされ、家紋や紋章の意匠に取り入れられてきました。

 

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桐の花と果実

キリの花、その拡大と生長してできた果実です。

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2017年6月20日 (火)

・5月中旬の京都植物園ではシャクヤクの花が見ごろを迎えていて、いろんな色や形の花が見られました

先に促成されて咲いてきた冬ボタンの花を紹介しましたボタン(牡丹)の学名はPaeonia suffruticosa)です。ボタン科ボタン属の落葉小低木で、原産地は中国西北部とされています。春牡丹は34月に開花します。以前はキンポウゲ科に分類されていましたが、おしべ・花床の形状の違いから、現在では独立のボタン科とされました。従来はタネからの栽培しかできなくて正に「高嶺の花」でしたが、戦後にシャクヤクを台木に使用した接ぎ木がされてから、急速に普及してきました。

美女の形容として「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」とよく言われます。芍薬牡丹も共に美しいで、百合は清楚なであることから、美人の姿・振る舞いをに見立てて形容されています。その意味は、 芍薬はすらりと伸びた茎の先端に華麗なを咲かせることから、牡丹は枝分かれした横向きの枝にをつける様子が美しいことからそう表現されています。一方の百合は、風を受けてユラリユラリと優雅に揺れるさまが美しいことから、そう例えられるようです。

ここには、京都府立植物園のシャクヤク園で見た、シャクヤクを紹介します。

 

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芍薬の花

 色・形の違う品種を選び、一覧にしてみました。雄しべの変化で八重化したり、発達の程度でいろんな花形ができているようです。

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2017年6月14日 (水)

・4月中旬頃、今小路通りの散歩道で見かけレンギョウ、ベニバナトキワマンサク、ツルビンカの花と紅葉

散歩道も時折私の気まぐれで、違った道を取ります。この日は今小路通りを歩いてみました。今小路通りは北野天満宮前から西に少し北に寄りながら西につながる通りです。北野天満宮から歩くと平野神社前の道と交差したあたりに、「平野の家」があります。「平野の家で」は3月の雛祭りの時期には、春の訪れにあわせて「永々棟の雛祭り」が行われ、享保雛、古今雛、有職雛、次郎左衛門雛など江戸時代から現代までのさまざまな雛さまがお座敷に飾ってあり、拝観できます。それから平野神社を経て、さらに西に行くと「櫻谷文庫が」あります。ここは日本画家・木島櫻谷(18771938)の居住していた和館洋館画室などの建造物が保存されています。桜谷作品、習作、写生帳や画材、手紙類など桜谷に関わる資料類、さらに櫻谷の収集した中世から近代にかけての日本画関係書画、詩文集、書籍、典籍など数千点以上の資料類を収蔵しており、時折展示会があります。さらに西に行くと、真如寺を経て立命館大学があり、更に等持院へと続きます。今夏はこの道沿いで見たお花を紹介します。

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今小路通りのお花

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2017年6月 9日 (金)

・4月中旬の京都植物園ではいろんな変わった形のチューリップとホットリップスの花とエキウムを見てきました

先に京都府立植物園でいつも春になると、入場者を迎えてくれるチューリップの花 を紹介しました。紹介したのはオーソドックスな一重のカラフルなタイプでしたが、それ以外のユリ咲き(花びらの先がとがっている)のチューリップ花壇も、南の正門から入ったところに咲いています。ユリ咲きでもいろんな色の品種が、たくさん植えられていて、満開でした。

普通のチューリップは6月に入った今では、もう咲き終わったことでしょう。翌年用に球を育てるためには花びらが散ったら花の部分を折り取り、花茎は残して光合成をさせます。花の下の膨らんだ部分は子房で、その中にタネができますのでこれも必ず取ります。葉と花茎は自然に枯れるまで放任します。6月中下旬頃に葉が枯れてきたら晴れた日に掘りあげ、球の表面についた泥を落として陰干します。目の粗い袋状のネットに入れ、風通しの良い日陰で貯蔵します。翌年には小さくてもまた咲いてくれることでしょう。

 

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変わった花たち

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2017年6月 4日 (日)

・4月上旬頃、天神川沿いの散歩道で見かけたクレマチス、ハナニラ、沈丁花、ユキヤナギの花

ホームドクターから10㎏痩せなさいと言われて散歩をしないといけないのですが、「夏は暑い、冬は寒い、今日は疲れた」からとなにかと理由を作り、散歩への足取りは重くなります。そこでこれではいけない、お花の写真を撮るんだと愛用のミニニコンCOOLPIX S6000をショルダーバッグに入れ、この日も歩き出しました。カメラの使い方は分かっているつもりで、説明書をよく見ないで撮っていて、接写するとピントはほとんどボケてうまく撮れないとよくぼやいていました。そんな折にはニコンD80を取り出し、マニュアルでピント合わせをして撮っていましたが、ふと気になりミニニコンでピントを合わせていると、小さな赤いマークが現れ、それから再度ピントを合わせてみると、しっかりピントが合うことが分かり、それ以来重いカメラを持参しなくても良くなりました。このミニニコンはよくできていて、望遠をしている際にもさらに拡大してピント合わせできることが分かり、普通の散歩では望遠レンズも不要となりました。今回はそのミニニコンで撮ったお花を紹介します。

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散歩道のお花

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2017年5月28日 (日)

・4月中旬の京都植物園ではいろんな色・形のチューリップの花が咲いています

16世紀、トルコに駐在していた神聖ローマ帝国の大使がチューリップを見て、「何の花か」と尋ねました。トルコ人は、頭のターバンを指しながら「チュリパ(ターバン)のような形だ」と答えました。その頃のチューリップは先がすぼんでいたようです。それを聞いた大使はそれが名前かと思い、チューリップの語源になったようです。オーストラリアのカンガルーと同じような語源ですね。

 

私は中学の頃習った英語の教科書に、「私たちの顔にはお花がありますが、それは何でしょう?」という文章があったよう見覚えています。それは two(二つ) の lip(くちびる)で、tulipが答えでした。

 

チューリップはユリ科チューリップ属の球根植物です。中近東ではラーレと呼ばれる、トルコのアナトリア地方が原産地です。チューリップの花の香りはあまりしませんが、最近は香りの良い品種も増えているようです。花弁の先端が丸いもの・尖ったもの・フリル状のものもあります。咲き方は一重から八重までであり、一つの球根から複数の花がつくもの、完全に開花しないものや、花弁が外側へ反り返るものなどもあります。花色も青以外の赤・黄・オレンジ・白・緑・紫などの単色や複数の色のものなど、数百品種のチューリップがあるようです。

 

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チュ-リップ 

 

 チューリップの花弁の色は中々カラフルですが、花弁の基部や雄しべの色もカラフルなようです。

 

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2017年5月23日 (火)

・桜の散った平野神社ではジャーマンアイリスとイチハツが咲いています

桜の花が散り葉桜となった平野神社に、散歩の途中寄りました。ここでは宮司の世話でか各種の花がいつも咲いており、サクラ以外の花を見る楽しみがあります。先には赤・白のヒガンバナがハギと共に咲き 、またムラサキシキブとシロシキブの花 花の色が優美に変化するスイフヨウなどを紹介しています。今回の目当ては、多分いろんな色のジャーマンアイリスとイチハツが咲いているだろうと思って行きました。咲いていました、赤紫色、白色、薄赤紫色、青紫色、黄色、薄青色のジャーマンアイリスに、これも青色のイチハツが境内のあちこちに咲いていました。

 

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ジャーマンアイリスとイチハツ

 ハナショウブや、アヤメ、ガキツバタなど多くの綺麗な花があるアヤメ類のうちで、外花被にひげ状突起のあるジャーマンアイリスと、外花被にと鶏冠状(さか状)突起のあるイチハツはすぐ分かります。

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2017年5月19日 (金)

・クリスマスならぬ4月に、いろんな色合いのクリスマスローズの群生を見てきました

4月中旬に京都府立植物園に用事で行った際、仕事が早めに終わったのでバラ園横のチューリップ花壇を見に行きました。途中バラ園の中央あたりには、大きなヒマラヤスギの木があります。いつもはその根元にはキヅタが広がっていたように思いました。しかしキヅタは見当たらず、その代わりにいろんな色のクリスマスローズが今を盛りにと開花していました。

クリスマスローズは名前からすると、4月に咲くのはおかしいと思われる人も多いことでしょう。私もそのひとりで、ベランダで栽培していても咲くのはいつも春でした。

調べてみると、日本に最初に入ったクリスマスローズはヘレボラス属のニゲルという種で、クリスマス頃に咲くためそう呼ばれていました。その後日本に入った同じ属のオリエンタリスという春咲き系統が現在では主流になっていますが、同じ名前で呼ばれるため違和感があるようです。イギリスではこのオリエンタリス種のことを、レンテン(四旬節)ローズと呼んでいるようです。

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クリスマスローズ

写真を撮っていると、9種類の違った色合いがあるようでした。

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2017年5月15日 (月)

・あなたは葉(葉状枝)の上で咲いた花や実を見たことがありますか?

先日岡崎横の疎水あたりに出かけて桜の写真を撮りましたが、それは葉の上に花を咲かせるルスクス・ヒポフィルムがそのあたりにあると聞いたので探しに行ったのです。植物の花は本当に不思議で、巨大な花・ラフレシアスマトラオオコンニャクの花を求めてインドネシアのスマトラ島まで出かけたこともあります。また不思議に華麗に形作っているナスタチウム トレニア パッションフラワー オンシジウムデンドロビウム サルスベリの花の構造 風船カズラのタネのハートマーク クローバーの葉の就眠運動 などについても紹介してきました。 

今回は、葉の上に花をつけていて実までもできていたので、その様子を紹介します。疏水の横の花壇で植物に近づいて写真を撮っていたので、横を通りかかった近所のおばさんが「何があるんですか」と近づいてきて、説明すると「へー!」と今まで全然気づいていなかったようでした。ちょっと目には虫が止まっているようにしか見えません。ではご覧ください。和名はまだないのですが、裏花椥筏(うらはななぎいかだ)と呼ぶ人もあるようです。

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ルスクス・ヒポフィルム

全体の様子から、1枚の葉の上の花までまとめてみました。花が咲くと、まるで小さなアブでも止まっているのかと思ってしまいます。

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2017年5月11日 (木)

・一条通の成願寺で見かけた枝垂桜、ボケ、スイセンと界隈で見かけた乙女椿とシキミの花

上京区の成願寺(じょうがんじ)は、西大路通から一条通を東へいくと散椿の地蔵院 があり、更に150mほど入ったところ、大将軍八神社の向かいにあります。成願寺は浄土宗の寺院で本尊は阿弥陀如来が祀られ、乾三十三所 第二十九番にもなっています。特に案内板はないのですが、通用門から自由に入れるようになっており、枝垂れ桜で有名な場所ですから知っている人は自由に入っています。境内に入ってすぐに観音堂があり、その右には無縁仏らしい多くの墓石が、隙間なくぎっしりと並んでいます。地蔵寺にキリシタンの墓がありましたが、ここにも2基のキリシタンの墓が見つかっています。 きれいに整備された境内には、有名な枝垂れ桜以外に、ボケ、スイセン、コデマリなど多くの花が咲いており、ついついそれらに魅かれて散歩の途中によく写真を撮りに訪れます。ここには散歩の途中成願寺で見た枝垂桜、ボケとスイセンの花に加え、途中で見かけた乙女桜と千本釈迦堂で見たシキミの花を紹介します。

 

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成願寺の花

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