2017年10月20日 (金)

・今年も萬福寺の塔頭の一の宝善院で、唐僧直伝の精進料理・普茶料理を頂きました

普茶料理は中国福建省の住持の隠元禅師(日本黄檗宗の開祖)等によって伝えられ、この洛南宇治の地に300年以上の伝統を誇る禅宗の精進料理です。普茶(あまねきの茶)とは大勢の人の力を借り「法要・行事」が行われ、その後にお礼の意を込めて供する料理が普茶料理として伝わっています。箸置きが無いのも禅宗の無駄を省く心で卓の端に箸を外向けに置けばよいと聞き納得しました。料理は和尚さんが材料を吟味して作っておられ、奥様から説明を受けながら美味しく戴きました。普茶料理を始めて頂いた2011年秋に、その料理があまりに美味しくて紹介しています。それ以来毎年秋に宝善院普茶料理を頂いておりますが、今年は早めに松茸が出だしたので焼き松茸を加えた料理のお知らせを頂いたので、その料理を紹介します。

 

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普茶料理

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2017年10月18日 (水)

2017.10.17・秋の訪れとともに今年もヒガンバナが色鮮やかに咲いています

秋らしくなると共に、汗をかかずに散歩できる良い気候となりました。いつもの散歩道の途中で平野神社に寄り、今年のヒガンバナの開花程度はどうかなと庭園に見に行きました。咲いていました。いつもより数が増えて、真っ赤なヒガンバナとシロバナマンジュシャゲが咲いていました。今までにもその球根には毒があること 、更に夏から秋への草花のバトンタッチとして咲くこと、また京都府植物園でもヒナサンショウバラの丸い実が熟する頃、赤や白のヒガンバナも満開に咲いているのを紹介しました。

今年は植物園で毎月開催している講演会で、ヒガンバナの分類と来歴を調べておられた樽本先生に「ヒガンバナと日本人」と云う題で講演をして頂いたところでした。興味を持っておられる方は、先生が「農業および園芸」(養賢堂)2016年第3号から2017年第6号までの15回の連載記事がありますので、図書館ででもご覧ください。その要点は、マンジュシャゲは中国から渡来したとされるが、その時期は稲と共に弥生時代に来たのではなく、室町時代に禅宗の留学僧がもたらしたこと。それは仏教発祥の西方(天竺)にあると聞き及ぶ、天上に類なく美しい曼珠沙華と考えたため、持ち帰ったようです。ヒガンバナは救荒作物として水にさらせば食べられますが、その増殖率は低く作物として栽培されたのではないようです。田の畔などに植えられ、雑草やモグラの浸入を防ぐため利用されてきたようで、1000以上の里名が日本各地にあります。

今年は講演を聞いた影響もありますが、花の形態が気になり詳しく観察してみましたので紹介します。

 

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ヒガンバナ3

平野神社のヒガンバナ、シロバナマンジュシャゲと家人の実家で栽培しているピンク色のヒガンバナです。

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2017年10月12日 (木)

・海外で買った絵などを飾った我が家の壁ギャラリー(5):タイの留学生からもらった丹精込めた刺繍作品

海外で買ってきた小さな額の絵などを、我が家のささやかな壁に飾っています。今までにその内からピーターラビットの作品クマのプーさんなどの立体切抜画 イギリス・バースのレース編みの額 西ヨーロッパ国々のタイルなどを紹介してきました。それからかなり時間が経ちましたが、ここにはタイの留学生が学位をとって母国に帰る際に贈ってくれた刺繍の作品を紹介します。とても制作するには根気のいる大きな作品で、今年も家族連れで来てくれた時に壁にかけているのを見せました。今ではとてももうこれだけの刺繍はできないと笑っていましたが、子供たちに自慢して説明をしていました。

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刺繍作品

作品・野菜と、作品・風景です。

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2017年10月 9日 (月)

・北野天満宮のずいき祭りには子供用の瑞饋神輿も参加します

先には京都の北野天満宮で行われる瑞饋(ずいき)祭りを紹介 しました。祭りには大人用の瑞饋神輿に交じり、子供用の瑞饋神輿も用意されています。この瑞饋神輿は平安時代、西之京神人(しんじん:神主のこと)が五穀豊穣を感謝して新穀・野菜などを飾り付けたのが始まりとされています。1607年神輿の形となり、現在に続く京都市無形民俗文化財・瑞饋神輿は、上京区と中京区にまたがる西之京地域の農家が作ったズイキや米・千日紅などで毎年作られます。住人と農家により91日より1か月の神輿作りの作業が、西之京瑞饋神輿保存会作業場で行われます。

神輿の屋根の上部には唐芋(とうのいも)の赤ズイキが70株、屋根の下部には真芋(まいも)白ズイキが200株必要となります。また飾り紐の真紅には、千日紅の赤花が

2000個必要で、天満宮の文字を描く白花が更に必要となり、保存会の人達により栽培されています。

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子供瑞輿

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2017年10月 6日 (金)

・秋祭りの時期となり北野天満宮ではずいき祭りが始まりました

秋には各地でお祭りが行われますが、京都でも季節ごとの多くの祭りがあります。

5月には葵祭があり上賀茂神社で葵祭の社頭の儀を拝見 したこと、7月の祇園祭には宵山に行き幾つかの鉾と山を拝見 したこと、更に10月の時代祭では御所・間の町口近くから時代祭巡行を見学 したことを先に紹介しています。

京都の北野天満宮でも、瑞饋(ずいき)祭りが101日から5日まで行われます。古くから西之京の地で行われていた氏子の祭に、明治時代になって神幸祭(神様が氏子地域を巡行する祭)が取り入れられ、現在の形が整いました。もっともカメラを持った人々が待ち構えるのは上七軒で、芸者さんや舞妓さんなどが行列をお茶屋で出迎えています。

 5日間の祭礼のうち、特に104日の還幸祭は「おいでまつり」とも呼ばれ、単に天神様が御旅所から本社へお帰りになる、というだけでなく、「大宰府でお隠れになった菅原道真公の御霊が神様として北野の地においでになる」という御鎮座の由来を回顧し再現する意味を持つ重要なお祭です。三基の御鳳輦を中心に神牛の引く御羽車や松鉾、梅鉾など、絢爛たる行列が氏子地域を巡行します。 

 瑞鱗御輿は101日から3日まで御旅所に奉安され、104日に巡行します。今年はこの4日に行われた、御旅所で見た還幸祭の行列を紹介します。

 

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瑞饋祭

上左:子供の瑞饋神輿  上右:第一鳳輦 

下左:神職先導  下右:宮廷馬車・宮司神職

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2017年10月 1日 (日)

・大阪の国立国際美術館で開催中のブリューゲル作の「バベルの塔」展を見てきました! 

昨日は家人の要望で、大阪の国立国際美術館で開催中のブリューゲルによる「バベルの塔」展を見てきました。国際美術館に行くのは初めてなのでアクセスを調べ、京阪電車で行き京橋で中之島線に乗り換え、渡辺橋駅で降りて徒歩5分で行けました。久しぶりの大阪でしたが、高層ビルが立ち並んでおり以前とは見違えるような光景でした。

国立国際美術館では718日(火)~1015日(日)まで、ボイマンス美術館所蔵のブリューゲル「バベルの塔」展が開かれており、ピーテル・ブリューゲル作《バベルの塔》がメインになっています。ブリューゲル (1526/30-1569)の現存する油彩画はわずか40点余りで、16世紀ネーデナレラント絵画を代表する巨匠です。版画下絵作家として頭角を現し、後に油彩画の制作も行いましたが、油彩画は特に希少で、現在では真作は40点ほどしか残されていないとされます。聖書の物語や人々の暮らしなど、素朴さの中におかしみや教訓などを盛り込んだ作品を多く描いています。

ブリューゲル作の《バベルの塔》の驚異的な写実を実見できるとのことで楽しみにしていました。一説には画面上に描かれた人々の数は1,400人と言われています。また細密なだけでなく、圧倒的なボリュームと迫真性を備えた世紀の傑作との前宣伝でした。

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「バベルの塔」展入場券

以下には、「バベルの塔」展のホームページの解説文を参考にして、内容を紹介します。

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2017年9月29日 (金)

・人工衛星から日本は、こんなに明るく綺麗に見えるんですね!

世界中がテレビでつながり1963年には、初の日米宇宙中継でアメリカからのケネディ大統領の暗殺の光景が流れたのはショックでした。また、アフリカのケニアにいる時、テレビの英語の放送が急に日本語になったと思ったら、JAL123便の遭難の映像が流れてきたのも驚きでした。これらの映像の電送には人工衛星が大いに役立っており、気象衛星など各種の目的の人工衛星が飛んでいます。日本も1973年に世界で9番目に、「おおすみ」を打ち上げています。

人類初の人工衛星は、1957年にソビエト連邦が打ち上げたスプートニク1号でした。

1961年のソビエトの人工衛星ボストーク1号は人類初の有人宇宙飛行を実現しましたが、その宇宙飛行士ガガーリンはその感動を「地球は青かった」という言葉で表現しています。最近人工衛星から見た日本の夜景がyou tubeで公開され、その美しさに世界中から感動が寄せられているようです。そこでその一部を紹介します。

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日本・夜景

日本はどこも、夜でも明るく見えます。しかし、朝鮮半島の北半分は暗闇状態です。

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2017年9月24日 (日)

・9月にいつもの散歩道でアメリカチョウセンアサガオとフヨウの花を見ました

東大路通を歩いていると、ダチュラですが上向きに咲いているのを見かけました。よく生け垣などで見かけるエンゼルストランペットは、大きな花が下向きに咲いています。でもこのダチュラではどの花も上向きに咲いていて、調べてみるとアメリカチョウセンアサガオのようでした。道端の街路樹の下で、しっかりと枝を広げて咲いていました。  

また散歩の途中でいつもお参りする平野神社ではキョウチクトウの隣には、フヨウのピンクから赤の綺麗な花が次から次と咲いていました。フヨウはフヨウ属で、多くの仲間があり、どれも綺麗で大きな花を咲かせます。ここには、アメリカチョウセンアサガオとフヨウの花を紹介します。

 

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ダチュラとフヨウ

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2017年9月23日 (土)

・スーパーマリオの記念切手が発行されています

今までに可愛いキャラクターの記念切手、例えばウォルトデズニーのお姫様キャラクタームーミン ピーターラビットなどを紹介してきましたが、しばらくその紹介をしていませんでした。先日郵便局に行くと、6月末発行の可愛い記念切手が目に留まりました。キャラクターは任天堂のスーパーマリオでした。私はあまりコンピューターゲームをしませんが、昨年のリオデジャネイロオリンピック閉会式で、次回東京オリンピック招致の挨拶に安倍首相がスーパーマリオになって登場するという、サプライズが会場を沸かせたことを思い出しました。

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スーパーマリオ記念切手

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2017年9月19日 (火)

・窓際ではパイナップルリリーとペンタスの可愛い小さな花が咲いています

先日家人が友人から、こんな花をご存知ですかとパイナップルリリーの花を貰ってきて、プラスチックの筒に入れ水を足して持ってきました。たくさんのちっちゃな緑色の花が群がって咲いていて、初めて見る花でした。またその横には苗で買ってきたペンタスが大きくなり、たくさんの五角形の星型の花を着けていました。どちらの花もあまりじっくり見たことが無かったので、接写して観察してみましたので紹介します。

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ペンタスとパイナップルリリー

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2017年9月15日 (金)

・窓際にはミニファレノプシスが咲き、ベランダではパッションフラワーが咲いています

先には窓際で毎日ハイビスカスの花が、一花ずつ咲いてくることを書きました。その横には春から黄色と赤色のミニファレノプシスが、次から次へと咲いてきています。最近では花のタネを播くのが面倒になり、園芸店で苗をよく買います。草花の苗を買うときには3月に苗が売り出される頃になるとすぐ園芸店に行き、良い苗を選びまた珍しい種類を買います。またラン類を買うときには、5月頃になって売れ残った苗が安くなったのを見て買います。1番花は終わっていますがまだ蕾が付いていることが多いので、それを来年がメインにと買い大事に肥培して咲かせます。いま咲いている黄色と赤色のミニファレノプシスもそんな売れ残りを買ったのですが、4月からずっと咲き続けている優等生です。

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ミニファレノプシスとパッションフラワー

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2017年9月10日 (日)

・窓際では真っ赤なハイビスカスの花が毎日一輪ずつ咲いています

植物園やハウステンボスの花の事を書いてきましたが、我が家では居間の窓際に置いてあるラン類やハイビスカスが咲きだし、ベランダでもフウセンカズラ、チロリアンランプに続きパンションフラワーも咲いています。フウセンカズラに交じり、アサガオのこぼれタネから発芽して、赤い花が咲き続いています。それから今年はヨルガオの代わりに隼人ウリを4株栽培していますが、わき芽もかなり伸びており、実の付くのが楽しみです。それから沖縄スズメウリも大きくなりモッコウバラを伝い、ベランダのネットまで広がり、これにも小さな花が咲き、実がふくらんできました。

ハイビスカスはヒビスカスとも書かれることがありますが、英語読みするとハイビスカスになり、ラテン語読みするとヒビスカスになります。ハイビスカスは一日花で、毎日一花ずつ明け方から開きはじめ夕方にはしぼみます。しかし翌日咲く花がその頃には、既に新しい蕾が大きく開き始めています。

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ハイビスカス

ハイビスカスの品種名は、‘レッドスター’で真っ赤の大きな花です。

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2017年9月 6日 (水)

・長崎のハウステンボスのホテル庭園に植えられた多くのユリの花を見てきました

先にはハウステンボスのホテル内で飾られた、豪華なユリのアーチを見てきました。ホテル前の庭園にはこれまた見事なユリの鉢植えが、ぎっしりと並べられていました。地植えかと思ってよく見ると、半球形に形作られた花壇にポットを差し込む穴が開いており、その穴に鉢植えのユリが植えこまれていました。開花時期とそれぞれの茎の高さが同じで良くそろっており、花の位置が揃って半球状に並んで素敵なユリ花壇になっていました。日差しがきつく温度も高いためか,伸びすぎた個体があればすぐ適度の高さのユリ苗に交換されているようでした。

先にも少し書きましたが、ユリの花は日本特産の花です。東洋ではユリは食用や薬用として使用されてきており、わが国でもヤマユリ、コオニユリ、オニユリの3種がその鱗茎(ユリ根)を食用とするため栽培されています。苦みを除くためにあらかじめ軽く煮てから、雑煮、茶碗蒸しやガンモドキなどに用いられています。先に紹介したシーボルトは日本原産のユリの球根をヨーロッパに持ち帰りました ヨーロッパでは純白のユリの花は古くから聖母マリアの象徴とされ、教会花として用いられており、バチカン市国の国花にもなっています。そんなヨーロッパに持ち帰られたテッポウユリ(琉球列島原産)はマドンナリリーとも近い種類であり、復活祭に用いられるイースターリリーとして大流行しました。明治時代には絹と共にユリの球根が日本の重要な輸出品として、外貨を稼いだようです。テッポウユリは日本の南にある琉球列島、そして沖縄、奄美、永良部の島々が原産地です。

 

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 パレス・ハウステンボスへのアプローチ

 ハウステンボスの最北側に、パレス・ハウステンボスがあります。遊覧バスでホテルに向かいました。緑に囲まれたアプローチには、両側にユリの鉢植えが並べられています。

 

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2017年9月 1日 (金)

・長崎のハウステンボスでクルージングを楽しみ、ホテルヨーロッパでユリの花のイベントを見てきました

 

今回の長崎旅行では大浦天主堂 シーボルト記念館浦上天主堂26聖人記念碑を見た後、いよいよハウステンボスへ行く事にしました。長崎市内ではなく佐世保市にありますので、長崎からは久しぶりにJRの旅をのんびり楽しみました。以前来たときは空港からバスで来たのでしたが、JRハウステンンボス駅からは以前泊まったホテルオークラJRハウステンボスがすぐ近くに見え、少し歩いてウエルカムゲートに向かいました。

 

前回来たときは秋の気候の良い時で、園内のあちこちをある綺麗なお花畑を夕方まで散策しました。しかし今回は暑い時期でもあり、クルーザーやパークバスを利用して乗り物から園内を見て回り、気に入った建物や庭園でのお花の展示を見て周りました。

 

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オテルオークラJRハウステンボス

JRハウステンボス駅から、オテルオークラJRハウステンボスが間近に見渡せます。

 

 

 

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2017年8月29日 (火)

・東大路通り沿いに今年もアガパンサスとムクゲの花が綺麗に咲いていました

奇数月にはOB会の放談会があり、先に紹介しましたように楽友会館に向かいます。近衛通りにはバス停がありますが、家からでは1回乗り換えないといけないので、最近では乗り換えなしで行けるバス路線で行き、熊野神社前のバス停で降り、1駅区間歩いています。京大病院を横に見ながら歩くと、反対側の住宅やオフィスの前には綺麗な花が植栽されています。7月初めにのんびり花の写真を通りながら会館に向かっていますと、今年もツワブキがあったり、アガパンサスのブルーと白の綺麗な花が咲いていました。アガパンサスについては前にも紹介しています。またしばらく行くと、ムクゲの綺麗な白色の花が咲いていました。今回はこれらの花を紹介します。

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アガパンサスとムクゲ

 

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2017年8月23日 (水)

・長崎の西坂にある二十六聖人記念碑と記念館を訪れました

今回の23日の長崎旅行では欲張って大浦天主堂 シーボルト記念館浦上天主堂 26聖人記念碑とハウステンボスの5か所を見に行く計画を立てました。また先に長崎に行ったのは15年ぶりと書いていましたが記憶違いで、2008年にも一人で行っていましたので9年振りでした。それと今回の計画の予定外は、以前にはハウステンボスには園のホテル込みのフリーツアーで私たち夫婦だけで行ったので、場所が長崎市内と勘違いしていました。実際にはハウステンボスは佐世保市にあるので、長崎からはJRで1時間20分かかります。そこで、今回はハウステンボスには丸1日充てることにしました。

二十六聖人記念碑は長崎駅近くで、ホテルからも近い距離で、簡単に行けました。併設の記念館は日本二十六聖人の顕彰を目的として、カトリック教会によって設立された博物館です。長崎県史跡「西坂の丘」のある西坂公園に隣接しています。

1549年ザビエルが来日し、キリスト教の布教が始まります。しかしその後1587年に豊臣秀吉はバテレン追放令を出し、キリスト教の布教を禁止します。厳密には信仰を禁止したわけではなく、宣教師や信者が迫害されることはありませんでした。

 

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二十六聖人記念碑

記念碑「昇天のいのり」は1962年の列聖100周年を記念して、記念館に隣接する西坂公園内に建立されました。記念碑は花崗岩製で高さ5.5メートル、幅17メートルの台座に、舟越保武氏制作の二十六聖人を模したブロンズ像がはめ込まれています。

 

 

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2017年8月19日 (土)

・植物園のハス池ではハスの横にサワギキョウが、また林にはホソバイヌビワの実がたくさんなっていました

7月中旬に京都府立植物園のハス池でハスの花の横に ハンゲショウの花が咲くと共に葉が白く色づいていました、そのすぐ横には赤やピンクの綺麗な花が咲いていました。よく見ると花軸が長く伸び、そこにたくさんの花が着いていました。ラベルが付いていなかったので後で調べてみると、サワギキョウのようでした。あまりキキョウらしくない花なのですが、分類を見るとキキョウ科であり納得しましたが、花の形は草花のロベリアに似ており、むしろ属とすればロベリアに近く同じ属に分類されていました。

サワギキョウ(沢桔梗)の学名は Lobelia sessilifolia )で、キキョウ科ミゾカクシ属の多年草です。美しい山野草ですが、有毒植物でもあります。日本には4種あり、北海道、本州、四国、九州に分布し、山地の湿った草地や湿原などに自生して、群生しています。一方林の中にはビワに似たイヌビワの実がたくさんついていました。

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サワギキョウとイヌビワ

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2017年8月15日 (火)

・長崎の平和記念公園から浦上天主堂を再び訪れることができました

長崎では先に大浦天主堂を訪れたことを書きました、せっかく長崎まで来ましたので市電で松山駅まで行き、平和記念公園に向かいました。

平和記念公園ではいつものことながら多くの観光客や高校生などがたくさん訪れていました。中には小学生の一団が先生に引率されて入ってきて、どうするのかと思ってみていました。すると平和記念像の両側に千羽鶴の保管場所があるようで、代表が持ってきた千羽鶴を吊るしていました。平和記念公園からは浦上天主堂は良く見え、一休みした後天主堂に向かいました。

 浦上天主堂は、1945年(昭和20年)の長崎への原爆投下によって破壊されましたが、1959年(昭和34年)に再建されました。1962年(昭和37年)以降、カトリック長崎大司教区の司教座聖堂となっており、所属信徒数は約7千人で、建物・信徒数とも日本最大規模のカトリック教会です。

天主堂のすぐそばに長崎医大があります。長崎医科大学(現長崎大学医学部)永井助教授は原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭に重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を「長崎の鐘」に書いています。被爆時に大学や長崎の都市が完全に破壊された様子、火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いています。永井博士はこの時妻を亡くし、また自身も救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留めました。「長崎の鐘」とは、廃墟となった浦上天主堂の煉瓦の中から、壊れずに掘り出された鐘のことです。

 

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平和公園から見た浦上天主堂

長崎の町にキリシタンが伝えられた1567年ごろから、浦上にもキリシタンの布教が行われ、1584年、有馬晴信が沖田畷の戦の勝利の感謝のため、イエズス会の知行地として寄進したことによって、浦上は名実共にキリシタンの村になった歴史があります。

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2017年8月11日 (金)

・植物園のハス池ではハスの横に半夏生が、また林にはヒロハコンロンカの白い葉がみられました

7月中旬に京都府立植物園のハス池でハスの花を見ましたが,そのすぐ横にはハンゲショウ(半夏生)の花が咲き、葉の一部が白く色づいていました。先に初夏には白い花が綺麗だと、タイサンボク、ハスやオリーブについて、またその後にもヤマボウシ、ユッカ、キョウチクトウについて紹介 しています。ハンゲショウの場合には花穂のすぐ下の苞葉が基部から白く色づき、授粉昆虫を誘引しているのではないかとされています。ハス池の反対側には林があり、緑の葉の中に白っぽい葉が見えるので近寄って見ると、ヒロハコンロンカの木がありました。この木では花のガクの1枚が白い花弁状になっています。遠くから見るとヤマボウシほどではないですが、かなりその白い葉が印象的に鮮やかに見えます。ハンゲショウもヒロハコンロンカの葉の白化も、訪花昆虫を誘引しているのではないかとされ、多くの蝶などが群がっています。

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ハンゲショウとヒロハコンロンカ

上段の2枚がハンゲショウで、下の2枚がヒロハコンロンカです。

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2017年8月 8日 (火)

・長崎の出島と鳴滝で医学、博物学その他の知見を伝えたシーボルトの足跡を記念館で見る

長崎では江戸時代の鎖国の間も出島ではオランダと中国との交易はされており、世界に開かれた町でした。ヨーロッパの学問の進展はオランダを通して伝えられ、そこにはシーボルトの貢献は大きく、医学、博物学その他の最新の情報をもたらしました。

フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトPhilipp Franz Balthasar von Siebold, 17961866)は、ドイツの医師であり博物学者でもありました。ドイツ語での発音は「ズィーボルト」ですが、日本では「シーボルト」として知られています。シーボルトという姓の前にフォン (von) が添えられおり、これは貴族階級を意味します。

東洋学研究を志したシーボルトは、1822年にオランダのハーグへ赴き、オランダ領東インド陸軍病院の外科少佐となります。滞在中にオランダ領東インド総督に日本研究の希望を述べ認めて、1823年に27歳で来日し、長崎の出島のオランダ商館医となりました。出島外の鳴滝塾を開設して西洋医学(蘭学)教育を行い、日本各地から集まってきた多くの医者や学者、例えば高野長英などに講義しました。

 

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シーボルトと植物

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